第5話「これが私のファースト・ステージ」
晩春の日差しが皓々と照りつける真昼間に、少女は一人、街を歩く。
少女が一人、と言うのは、彼女と道すがらを共にする者がいないという意味だけではない。
文字通り、街に誰もいないのだ。
「らんららんらんらららんらららん〜♪」
口ずさむ自由なメロディーは遮るもののない街へと染み渡り、彼女以外の重みが存在しない大地を踏む足取りは軽快なダンスを踊っているかのように楽しげだ。
アンドラム出現の報を受け、避難命令によって住民が退去させられた地域の一角で、少女は場違いなほど生き生きとしていた。
彼女は人ごみがあまり得意ではなかった。ついでに言えば男性も犬も苦手だ。
今は誰もいない。野良犬や野良猫も本能で危険を察知するのか、大抵は避難命令と共に街から姿を消してしまう。
だから、臆病な彼女にとって、今のこの街はどんな時よりも安心して出歩くことができる時間なのだ。
自由に歩いていいし、自由に歌っていい。自由な場所でお茶を楽しむ事だってできる。
「うじちゃ、しずおか、いせ、さやま〜♪」
自作のお茶唄を歌う彼女の遥か上空を、オレンジ色のIDOLが飛んで行った。
「あれは・・・真ちゃんのネーブラだ」
彼女がここまで安心している理由。それは何よりも、知り合いがIDOLに乗っているという安心感。
(真ちゃんは強いから、負けないよね。最近は春香ちゃんも頑張ってるし、他のみんなもいるし・・・)
公園のベンチに座って、うきうきと水筒を取り出した。自慢のお茶をコップに注いで、一息。
(・・・私なんかが一緒に戦っても、きっと足を引っ張って迷惑かけちゃうよね)
坂の上にある公園からは、遠くにネーブラとアンドラムの戦いが一望できた。
小さい2機の人型が、中距離で射撃戦を繰り返している。しかしそれは、まるでアニメか特撮番組にしか見えない。
雪歩とIDOLの間に隔たる距離が、それほどに現実感を失わせる。
(私と真ちゃんも、それくらい遠くに離れちゃったのかな)
胸の奥が少し、痛む。
(最近、皆とあまりお話してないなぁ・・・)
IDOLのパイロットであるからには、仕事の合間に交代でMDKJに待機しておく必要がある。
レッスン、オーディション、仕事、学校、それらの時間の合間にIDOLパイロットのお仕事は存在するのだ。
パイロットではないやよいと美希はいつも事務所で会えるし、年下の明るい子たちと過ごすことは決して苦痛ではないのだが。
やよいや美希が、ふとあまり顔を見せない他のアイドルの話をするたび、どう答えていいものか迷うのだ。
(もう帰ろう)
雪歩は早々に楽しみを切り上げて、事務所へ引き返した。
ゆっくりと公園を離れる白い背中の向こうで、ネーブラがアンドラムを撃破した。

怖かった。
鋼鉄の巨人を目の当たりにした時、萩原雪歩は恐怖した。
珍しい仕事休みの日に、プロデューサーに大事な話があると呼び出されて、少しばかりありえない展開を妄想しながらやってきた雪歩の前に立ちふさがったのは、巨大な現実。
事務所でIDOLの話を聞き、半信半疑のまま連れて来られた先で、それが途方も無い事実なのだと思い知らされた。
――戦ってくれないか。
少し苦しげな表情で頭を下げるプロデューサーに告げることができたのは、謝罪の言葉だけだった。

事務所に戻ると、いつも通り美希とやよいが揃ってテレビを見ていた。
最近は社長や小鳥も事務所にはあまり居ない。
雪歩は、この状況に少しばかり安堵してしまう自分が嫌いだった。
(会いたいはずなのに)
あれから何度かみんなに会っているが、気を使っているのか誰もIDOLの話題は極力出さないようにしている。
雪歩は雪歩で、何を言っていいか分からず、途切れ途切れの会話を繋ぎ合わせることしかできなかった。
そうして、気まずい雰囲気のうちに、時間切れになってしまうのだ。
(私が断ったことを自分で引け目に思ってるから、みんなに気を使わせちゃうんだ・・・)
穴を掘って埋まっておきたかった。
何もせず、何もされず、何も考えなくて済みたかった。
「あ、雪歩さん、おかえりなさい」
雪歩に気がついたやよいが、いつものくりくりとした愛らしい瞳で見上げてくる。
「うん、ただいま」
「雪歩、おかえりなの。見て見て、千早さんの出番だよ!」
今までソファーにだらしなく寝そべっていた美希が、尊敬する先輩の出番になるや否や、パッと飛び起きてTVにかぶりついた。
見れば、お昼の生放送の歌番組。しかもかなり人気のある番組だった。
(すごい・・・)
歌姫の名に相応しい澄んだ歌声がテレビを通して事務所に流れる。
ボーカルだけではない。動きは派手ではないが洗練されたダンス、視聴者の目を釘付けにして放さないビジュアル、どれをとっても完全に番組の主役として映えていた。
出会った頃は歌が突出していた印象のあった千早だが、今ではすっかりアイドルとして完璧な実力を身に付けていた。
(羨ましいなぁ)
IDOLのパイロットとしても、アイドルとしても一流の活躍をしている年下の少女を見て、素直にそう思う。
それに比べて、IDOLから逃げ出し、ファン人数の伸び悩みにも気を揉んでいる自分は。
(本当に、ダメダメだ・・・)
心の中でわっせわっせと穴を掘っていると、事務所の扉が開けられた。
「あ、プロデューサー!おはようございます!」
やよいががばっ、とお辞儀をした。
「プロデューサーさん、おはようなの〜って、もう!司会者の人はいいのっ!千早さんをもっと映してほしいなっ!千早さんの活躍振りをっ!」
一方、美希はプロデューサーそっちのけでテレビをガタガタしていた。
「プロデューサー、おはようございます」
気の小さな雪歩は2人の後に遅れて挨拶をする。
「おはよう、みんな。これ差し入れな。水羊羹。冷蔵庫に入れておくぞ」
「うっうー!ありがとうございまーす!」
プロデューサーは備え付けの冷蔵庫に菓子折りを放り込むと、愛用の手帳を取り出した。
「さてと、まずは雪歩とミーティングだったな」
「はい」
「美希とやよいはダンスレッスンか。2人は先にレッスン場に行っててくれ」
「はーい!分かりましたー!」
「え〜、今日は千早さんの番組を見てたいから、レッスンはお休みでいいって思うな」
「ダメですよ美希さん!レッスンは大事なんですからっ」
がしっ
ソファーにだらしなく寝っ転がった美希の腕を、やよいがしっかと掴む。
「ちょっ、やよい、引っ張らないで欲しいの・・・うー、す、凄い力なのー!」
なのー、なのー、とエコーを残し、小柄な体からは想像もできないパワーに美希は引きずられて行ってしまった。
「やれやれ、美希は相変わらずだな・・・」
「そ、そうですね」
苦笑するプロデューサー。ぎこちない笑顔の雪歩。
「もうちょっとアイドルとしての自覚を持ってくれればなぁ。さて、それじゃ、ミーティングを始めようか」
「はい」
二人は事務所の応接間兼会議室のミーティングテーブルに向かい合って座る。
プロデューサーは手持ちの封筒から色々資料を取り出していき、現在の状況、近々の予定、今後の活動方針などを整理していく。
しかし、どの資料からもCDの売り上げ枚数、オーディション戦績など、最近の苦境が浮き彫りになっていくばかりであった。
「う〜〜ん、どうしたものかな」
「そのぉ、ごめんなさいぃ・・・」
「いや、別に責めてる訳じゃないよ。アイドルとプロデューサーは二人三脚なんだから、俺にだって責任がある」
「そんなことないです。プロデューサーのせいじゃありません。きっとダメダメな私が悪いんですぅ。こんな私は、穴掘って埋まっておきます〜!」
「おいおい、事務所の床にスコップを突き立てるなって」
早速いつもの流れになったところで、プロデューサーの制止が入る。
止めないと本当に穴が開くので、律子からは気をつけるように厳命が下っているのだ。
「確かにここ最近の活動は上手く行ってないかも知れないが、何か打開策があるはずだ。一緒に考えよう」
「グスン・・・は、はいぃ・・・」
得意なビジュアルの強化か、あるいは苦手なダンスの克服か、それともいっそ女王様キャラに・・・などなど様々な意見が出ては消えていく。
プロデューサーには、どれも現状を打破できる根本的な対策ではない気がしていた。
(基本方針は間違ってないはずなんだ・・・あとは雪歩のやる気次第、なのか?)
最近、こころなしか雪歩に元気がないことには気付いていた。
いつもはテンパって暴走気味になっていたステージで、良く言えば落ち着いた、悪く言えば元気のない雰囲気が滲み出ている。
レッスンも仕事も人一倍真面目に取り組む姿勢は変わっていないのだが。
(テンションが低いと言うか、覇気が無いと言うか・・・しかし、アイドルに元気が無いのなら、元気付けてやるのがプロデューサーの使命だな!)
少し話題を変えてみよう。
「雪歩、最近何か変わったこととか困った・・・ん、どうした?」
と、顔を上げた途端、プロデューサーは雪歩とばっちり目があった。
ぼーっとプロデューサーを見遣っていたのか、一拍遅れて雪歩が反応する。
「ふあっ!プ、プロデューサー!えっと、これはっ、そのっ」
名前の通り雪のように白い肌が、パッ、とイチゴ色に染まった。
「どうした?ぼーっとしていたようだが・・・熱でもあるのか?まさか病気でここのところ元気がな」
「なな、なんでもないんですぅ〜!」
そう叫ぶと、雪歩は半泣きで事務所を飛び出していってしまう。
「お、お〜い・・・雪歩?」
ぽつん、と取り残されたプロデューサーは呆然とするしかなかった。

「くすん・・・」
掘り掘り。
埋まり埋まり。
「くすん・・・くすん・・・」
掘り掘り。
埋まり埋まり。
「くすん・・・よいしょ」
座る。
「グスン・・・」
掘って埋まってを繰り返し、公園の砂場に驚くほど完璧な縦穴を築いた雪歩は、穴の中に体育座りで泣いていた。
座ってしまえば、もはや公園の外からは誰もいないように見えるほど深い穴だ。そしてそれは、雪歩の反省具合の深さでもある。
(私ってホント、ダメダメですぅ・・・)
考え込むプロデューサーの真剣な表情に、自分でも気付かない内に見入ってしまっていた。
(話もちゃんと聞いてなかったし・・・)
プロデューサーの瞳、前髪、耳、鼻、口、それらの動きは細部に渡って憶えているのに、何を話していたかはうろ覚えだった。
(もう嫌・・・こんな私・・・)
自分のダメダメさについてどうするか話していたのに、当の本人がこんな状態じゃ、もう救いようが無い。雪歩はそう思った。
(プロデューサーは真剣に私のことを考えてくれているのに)
不意に、胸がドキッとした。
(真剣に・・・私のことを・・・)
誰もいない穴蔵の中で、再び赤面する雪歩。
いつからだろう。プロデューサーのことが平気になったのは。
男の人が苦手で、初めてのミーティングの時は近づいて会話するだけでも精一杯だったはずなのに。
今では肌が触れるような距離にいても、まったく気にならなくなっていた。
――それどころか、触れて欲しいとさえ
「雪歩?」
穴の入口から呼びかける声。
雪歩の反省タイムの終焉を告げたのは春香だった。
「・・・あ、春香ちゃん」
盛り上がっていた気持ちが一気に冷めてしまう。
春香は人気赤丸上昇中の注目のアイドルだし、何より、自分の後にIDOLのパイロットになった少女だから。
「・・・その、何?」
「何って言うか・・・雪歩、とりあえずそこから出ない?」
「うん・・・」
「あと、顔も洗ったほうがいいと思うよ」
「え?」
赤面覚めやらぬ美貌には、土埃と涙のファウンデーションはあまり似合わなかった。

「え〜と・・・その、久しぶりだねっ」
「そうだね・・・」
「えっと、その、最近どう?」
春香ちゃんは演技が上手くないな、と雪歩は心の中で思った。
あずさや律子などは、多少のぎこちなさを残しつつも今までどおりに接してくれていた。
(でも、そこが春香ちゃんらしいのかも)
「最近?・・・あまり上手くいってないよ」
「そう・・・」
「春香ちゃんは、調子良いよね」
「えっ、私?!あー、うん、えっとー・・・そうでもないかなー・・・?」
目を逸らすのヮの顔に、ちょっぴり意地悪だな、と自分で思いつつも言葉が突いて出る。
「ファーストシングル100万枚突破だって」
「う」
「『笑ってええとも』のゲスト出演で、結構いい視聴率だったって」
「あ」
「今度の写真集も、予約が殺到して書店が捌ききれなくなってるって」
「え」
「・・・・・・」
「ええっと、たまたま!たまたまだよ!偶然、いいニュースが重なっただけで・・・」
「それに」
雪歩は春香の顔から視線を逸らした。
「IDOLのパイロットになった、って」
「そ、それは・・・うん」
公園のベンチで、雪歩は再び膝を抱えてしまった。
どうしてこう、如月千早も天海春香も先に行ってしまうのだろう。
自分はノロマな亀かもしれないけど、こんなに差がつくなんて。
(やっぱり私は――)
「ああ、もう!私、こういうの得意じゃないから正直に言うね!」
「え・・・?」
春香が勢い良く立ち上がり、雪歩はつられて顔を上げた。
「私ね、プロデューサーさんに言われてここに来たの」
「プロデューサーが・・・?」
「プロデューサーさん、心配してたよ?何か悩み事があるんじゃないかって」
「うん・・・」
「でも、雪歩がなかなか話してくれないから、友達で年の近い女の子の方が話し易いんじゃないかってことで、たまたま事務所に来た私に頼んだの」
「そう、だったんだ」
だったら、プロデューサーに直接来て欲しかったな、と少し身勝手な思い。
「プロデューサーさんは、『自分じゃまだ雪歩には頼りないかもしれないけど、出来る限りのことはするから、何でも遠慮なく言って欲しい』って言ってたよ」
「え・・・そんな」
ダメダメなのは自分で。
「頼りないなんて、そんな」
プロデューサーはいつだって一所懸命で。
「そんなこと・・・ない」
「プロデューサーさん、ああ見えて意外と落ち込み易いっていうか、悪いことは自分のせいだって思っちゃうところがあるから・・・。もし何か悩み事があるなら、全部話してあげてほしいな


「春香ちゃん・・・」
「あ、モチロン話しにくいなら私に相談してくれもいいよ!だって、友達だもの」
「うん、そうだね。ありがとう」
春の日差しのような笑顔に、雪歩は氷雪に覆われていた自分の心が溶かされていく思いがした。雪解け水が、目尻に浮かぶ。
雪歩の目に力が戻ったのを見て、春香は嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、雪歩はプロデューサーさんとちゃんとお話すること。いい?」
「うん、ありがとう春香ちゃん。・・・でもその前に」
「うん?」
「春香ちゃんが戦う理由・・・教えて?」
背を向けた春香の足が止まる。
雪歩の心の迷い。それをプロデューサーに口にするために、絶対に必要なパーツ。
正義感でも趣味でも、どんな答えでもいい。他の人の答えが知りたかった。
「私が戦う理由かぁ・・・」
「うん」
「一言で言えば・・・楽しいから、かな?」
「楽しい?」
意外な言葉に、雪歩も思わず立ち上がる。春香は振り返り、しっかりと雪歩の目を見据えた。
「うん。きっとね。楽しいんだと思う」
「戦うことが・・・?」
「ううん、違うよ」
夕陽に眩しい、太陽の笑顔。
「みんなの笑顔のために、全力で何かをすることが、だよ」
「みんなの、笑顔・・・」
「そう。戦うことは怖いけど・・・それが誰かのためなら、全力を出せるの。全力を出せることが、楽しいと思うんだ」
春香は、そっと雪歩の手を取った。
「雪歩も、戦ってるでしょ?」
「え?私も?」
「そう。雪歩も私も、アイドルだから。戦うのはオーディションだけじゃない、過去の自分とか、ファンの期待とか、辛い気持ちとか、夢の重さとか、根も葉もない噂とか、そういう、色んなものと戦ってきたんじゃない?」
「そう・・・なのかな。・・・うん、そうかも」
雪歩はきゅっと、春香の手を握り返した。
駆け出しの頃はきっともっと惨めだった自分。でも今この瞬間があるのは。
「みんなに助けられながら、私も戦ってきたから」
「そうだよ。私も雪歩に助けられてるし」
「え?私が、春香ちゃんを?」
「うん!雪歩の可愛さとか、ステージ上での力強さとか、見習わせてもらってるし・・・雪歩の淹れてくれるお茶、心が温かくなる感じで私大好きだな」
「そんな、私なんて・・・」
「ね、雪歩のお茶にぴったり合いそうなお菓子考えついたから、今度作ってくるね」
「・・・うん、分かった。私も、とびっきり美味しいお茶を用意するね」
「約束だよっ」
「うん。約束」
自然な名残惜しさで、二人は手を離す。
火急を告げるコール音が鳴り響いたのは、その直後だった。

「高次元レーダーに反応!サイムトリア値上昇中!え、何これ?!」
「どうしました〜?」
オペレーターの焦り声に、司令室に俄かに緊張が走る。
「んー・・・なんか変な反応です!」
「いつもと周波数が異なるパターンを検出?」
「ぎゃぉおおおん!しかも出現確率99.99%・・・かなりの大部隊が予想されます!」
オペレーター三人娘の台詞に、しかしあずさ司令は困ったような笑顔を浮かべるだけだった。
「あら〜、大変ねぇ。場所は分かるかしら?」
「出ました!99.9%の確率で天王洲付近です!」
「じゃあ、待機してる千早ちゃんにお願いして・・・」
『もう発進準備は出来てます』
呆れたような声が通信機から流れる。
「あ、あら〜?早いのねぇ」
『当然です。ヌービアム、出ます』
映像が切り替わり、大型エレベーターで滑走路まで運び出されたヌービアムが茜の空に飛び立った。
「そ、それじゃあ他のみんなにも、念のため出撃を・・・」
「もう連絡済み?」
「えっと〜・・・みんな手際がいいのねぇ、うふふ」
「しっかりしてくださいよ司令〜」

「さて、と・・・」
東京モノレール直上に到着した千早は、アンドラムの出現を待った。
『千早ちゃん?あまり無理はしないでね』
「無理ではありません」
多機能型エネルギーライフル“ユピテル”を油断無く構えながら、千早はつっけんどんに答える。
『でも、今までに無い反応もあるし・・・』
「何が来ようと、まずは先手必勝で仕留めます。分析は、その後で」
直後、海岸地帯に緑青色の光が発生した。アンドラムが出現する前触れである。
視界が薄くぼんやりと歪むのは、空間が捻じ曲がることによる光の屈折現象。
だが、これほど大規模なものを目にするのは千早も初めてだった。
「ユピテル、拡散モード・・・!」
数秒のうちに光と歪みは収まり、その代わり今まで存在しなかった人型の物体が大量に出現していた。
「発射っ!」
センサーで敵影を確認するのと同時、千早の放つ青白い閃光が天地を貫いた。
ユピテルから放たれたエネルギーは、途中で意思を持ったかのように十数条の光線に分裂し、その全てが別々のアンドラムを直撃する!
ユピテルの砲撃に何体かのアンドラムが地に倒れ伏した。先制攻撃としては見事な戦果である。しかし、
「えっ」
およそ半数の敵にはその攻撃が届いていない。シャボン玉のような薄膜の壁に閃光が散らされ、空しく消えた。
「あれが・・・新型!」
アンドラムと色こそ同じだが、八面体のボディに球体の頭、円柱の腕はひし形の盾のようなものに変化している。鋭角で、いかにも堅そうなフォルムだ。
(防御特化型といった所ね・・・)
『千早ちゃん、他の皆の到着を待ってから仕掛けましょう』
珍しく緊張した声で、あずさが呼びかける。
「あずささん!?何故ですか!」
『アンドラムの新型なんて、今まで一度だって報告されてないのよ。迂闊に仕掛けるのは危ないわ』
「・・・だからこそです」
『え?』
「今のうちに少しでも情報を集めておかなければ」
『千早ちゃん!』
「交信、終わります」
言うが早いか、ヌービアムは翼を翻し、猛禽のような勢いで敵軍勢に襲い掛かった。
「拡散でダメなら・・・!」
敵の反撃を巧みにかわし、狙いは一体の『盾』に絞る。
「ユピテル、集束モード!」
先ほどの数倍の太さを持つ青い稲妻の一撃が、『盾』を捉える。しかし、『盾』は自分の両腕の盾と障壁を展開しその一撃を受け止めた。
「くっ!」
(貫け!)
千早の意思のままに出力を最大まで上げたユピテルが、ついに『盾』の堅牢な防御を撃ち貫いた。
爆散。衝撃の風に乗って、再び大空へと間合いを広げるヌービアム。
(想像以上に、硬い――!)
ヌービアムの全力の一撃でようやく一体では、これだけの敵を倒しきる前にユピテルの砲身が根をあげてしまうだろう。
しかもアンドラムの攻撃のため迂闊に止まるわけにも行かず、狙いを定めるのが難しい。
幸い、敵の注意が全てヌービアムに向いているため足止めという役割は果たせているが――
「くっ」
察知、予測、回避。
ヌービアムは華麗にアンドラムの集中砲火を潜り抜ける。だが、
「し、しまっ!」
千早だからこそ気付いた。アンドラムの火線の中に出来た間隙。それこそが罠だと。
しかし、遅かった。
今までアンドラムを庇うように動いていた『盾』が、頭部からビーム砲を発射した。アンドラムのそれより数段強力な砲撃が、装甲の薄いヌービアムをあっけなく貫いた。
『千早ちゃん!』
悲鳴にも似た、あずさの声。
「まだ、大丈夫ですっ・・・!」
間一髪、身を捻って『盾』の砲撃を回避していたヌービアム。しかし、代償としてその美しい翼を無残に散らされた。
(飛行ユニット破損・・・立て直せないっ)
生き残ったブーストを吹かせ、何とか地面への衝撃を緩和しながら着地。いや、墜落といったほうが正しいか。
「“アラネア”っ!」
墜落の寸前、ヌービアムが6発のミサイルを発射した。
機敏な動きで前に押し出る『盾』が難なく受け止め、爆発。一面は閃光と煙幕に包まれた。
今のミサイルは攻撃ではない。目晦ましである。センサー類を一時的に狂わされ、アンドラムはヌービアムを見失う。
その間に、ヌービアムは素早く地を駆け、ビル影に逃げ込んだ。
「・・・無様ね」
窮地を脱し、苦い思いが千早の胸に湧き上がる。
『現時点より、新型機動兵器を“スクトゥム”と呼称します』
あずさの固い声が通信機から響く。
『律子さん。全世界のモンデンキント支部に今の戦闘データを送信してください』
『分かったわ』
『・・・千早ちゃん』
「はい」
『みんなが到着するまで、交戦を禁止します』
「・・・まだ、戦えます」
無駄と思いながら、戦意を失っていないことを主張する。
『ダメよ。機動力を失った今のヌービアムが狙われれば、今度こそ――』
あずさは途中で言葉を濁したが、千早は反論できなかった。
『ね、お願い。千早ちゃん。これ以上一人でムチャしないで』
「分かりました・・・」
泣きそうな声で懇願され、千早は攻撃を諦める。
幸い、千早の時間稼ぎのおかげもあって避難の方は上手くいっているようだ。
アンドラムは周囲を探索している。が、じきにヌービアムを探すことを諦めて進撃を再開するだろう。
市街戦になるのは避けられないが、他のアイドルと連携して切り抜けなければならない窮地なのは確かだ。
(いつもと立場が逆転するだけで、こんなに・・・怖いなんて)
十分に距離は離れている。見当違いの方向を探っているアンドラムに見つかるはずは無い。
だがしかし。毎回必ず狩る側だったこの身が狩られる側へと変わったときのこの恐怖は、何だ。
千早は知らず知らずのうちに、聞こえるはずも無い呼吸を殺していた。
『千早ちゃん』
「ひゃっ!」
不意に通信機から漏れる声に、千早は可愛らしい悲鳴を上げる。
「もう・・・あずささん、びっくりさせないで下さい」
『あらあら、驚かせちゃったかしら。ごめんなさいね』
「どうかしましたか?」
『春香ちゃん、真ちゃん、亜美ちゃん真美ちゃんがもう少しで出撃するから、落ち着いて』
「わ、私は落ちついています!」
『あら〜?そう?うふふ』
「なんですかその、『千早ちゃんったら強がっちゃって』みたいな笑いは!」
『まあまあ、それはさておいて。みんなの到着ももうすぐだし、千早ちゃんはそのまま撤退してちょうだい』
「そんな・・・挟み撃ちにすれば攻撃されるリスクも減ります!」
『でも・・・』
『ちょぉっと千早!!』
突然、キンキン声が通信に割り込んできた。
『何よその姿!“あたしの”ヌービアムにこれ以上傷つけたら許さないんだからね!?戦えないんならさっさと諦めて帰ってきなさいよ!』
「水瀬さん・・・」
『うふふ、つまり、伊織ちゃんも千早ちゃんが心配だから撤退して欲しいのよね?』
『な、何言ってんのよあずさ!勝手な勘違いはやめてくれる!?』
「・・・分かりました」
『分かったって何がよ!?』
千早はくすっ、と微笑んで。
「みんなの到着を待って撤退します」
同時に、空を翔る3つの機影が現れた。

『敵、スクトゥム5、アンドラム兵7。全部で12機よ。散開してスクトゥムを先に撃破して』
「分かりました!」
「了解!」
「ほーい」「分かったー」
律子の指示に、四者四様の返答。
『スクトゥムの装甲は堅いから、ネーブラとテンペスタースで足止めして、インベルで撃破が基本になるわ』
「わ、私ですか!?」
春香は思わずモニターにかぶりついた。
『当然。近接攻撃の破壊力は誰よりも高いのよ。それに、インベルにはバリアフィールド中和装置らしきものも搭載されてる』
「つまり・・・」
『スクトゥム特攻ってところかしら。・・・まるで初めからバリアを持つ相手と戦うことが想定されてたみたいにね』
「じゃあボク達はインベルに攻撃が集中しないように気をつけないとね」
『そういうこと。特に真。ネーブラではスクトゥムと直接戦わないこと』
「え?どうして?」
『ネーブラは武装切替による汎用型。オールマイティだけど、逆にユピテルみたいな強力な兵器がない』
「ブラストランチャー持ってきたんだけどなぁ・・・」
真は両手に抱えている巨大な大筒を見下ろす。
『ブラストランチャーは所詮人類が作った兵器よ。ユピテルとは違う。私の計算では、ブラストランチャー13発分のエネルギーでスクトゥムのバリアフィールドを突破できるかと』
「えぇ!?って言うか、ユピテルとそんなに差があったの!?」
『亜美真美の超能力もどこまで通用するか分からないから、十分に注意してね。バリアを展開している間はスクトゥムも攻撃できないはずだから』
そこまで言ったところで、接敵する3機に向かってアンドラムの砲撃が始まった。
3機は火線の下を潜り、一旦着陸してインベルを先頭にクローズドデルタの陣形を組む。
「春香、あのトゲトゲの攻撃に注意してね!」
「援護は任せとけー!」「はるるん、背後は任せろー!」
「う、うんっ、行ってくる!」
アンドラム兵の攻撃は春香のインベルには通用しない。突進するインベルに、1体のスクトゥムが割って入ってきた。
「それっ!」
勢いのままに殴りかかる。
バチバチバチッ!!
火花のような音を立てながら、スクトゥムの障壁にインベルの拳がめり込んでいった。
その間、周りの敵にネーブラとテンペスタースが攻撃を加える。
「よぉーし、バリバリ行くぞ〜!!それそれそれっ!」
ブラストランチャーの光球が次々とアンドラム兵に放たれる。射線上にスクトゥムが割って入り、攻撃を防ぐ。だが、そうすればアンドラム兵もまたスクトゥムに攻撃を阻まれる形となり反撃できない。
スクトゥムはネーブラの連射に釘付けにされ、別のアンドラム兵は丸裸の状態だ。
そして、守護者を失ったアンドラム兵にはテンペスタースの容赦ない攻撃。
「バインド!うっふっふ〜、捕まえたよ〜?」
サイコキネシスでアンドラムの動きが止まる。
「少ぉし、頭を冷やそうか!」
「スターライトなんとかランス!」
光の剣が今度は投擲槍に姿を変じ、解き放たれた槍は一直線にアンドラムを刺し貫いた。
そして、インベルの拳がついにスクトゥムの障壁を砕く。ガラスが割れるような音と共に障壁が消え、豪腕が勢いのまま打ち下ろされる!
ガギョ!
スクトゥムも己の両盾で防ぐが、ただの一撃で盾は脆くも変形していた。
「もうっ、一発っ!」
続く左の拳が盾を打ち壊す。
「トドメの・・・一撃っ!」
最後にもう一度、右ストレートでスクトゥムの頭を豪快にすっ飛ばし、巨体を路面に沈み込ませた。
『ナイス!いい連携だわ。後はそのまま・・・』
グオォゥ!!
律子の歓声をかき消して、スクトゥムの砲撃が待ってましたとばかりにインベルを捉えた。シャボン色のフィールドがスクトゥムを包んでいることから、バリアを展開したままであるのは明らかだ。
『何てこと・・・バリアを展開したまま攻撃できるなんて』
障壁の本来の発想は壁である。外から攻撃を通さぬものは、中からも通さないのが道理。
だが、今はそんな矛盾を論じている暇はなかった。
「春香っ!」
「はるるんっ!」
「いたたたた・・・だ、大丈夫、多分・・・」
インベルの装甲はスクトゥムのビームの直撃にも耐えた。しかし、インベルのボディにひびが入り、一部が削り取られている。
無敵だったはずの鎧に、確かなダメージが入っているのが傍目にも理解できた。
『真!亜美、真美!早く春香のカバーを!』
「りょうかーい!って、あれあれ?」
「敵が春香を無視してこっちにっ・・・」
スクトゥムを含めたことで、敵の思考能力にも変化が現れたか、ダメージに怯むインベルの守りを突破して敵がテンペスタースとネーブラに殺到した。
『落ち着いて!一旦離れて陣形を立て直すのよ!』
「そうは言っても敵が多すぎるよ〜」
「このっ!このっ!」
反撃を的確にスクトゥムに阻まれ、2機が追い詰められていく。
インベルが慌てて回頭するが、スクトゥムとアンドラム兵の三位一体の連携に阻まれてしまった。テンペスタースとネーブラの援護がなければ、機動力に劣るインベルではなかなか攻撃できず、防御に徹することになる。
「きゃあっ!」
インベルが最大の矛と盾を兼用するその腕で、スクトゥムの砲撃を受け止める。しかし、衝撃を受け止めきれず後ろに倒れてしまった。
すわトドメをささんと襲い掛かるスクトゥムとアンドラム兵に、青天よりも青い閃光が突き刺さった。2体を同時に、一撃の下に破壊せしめたのは千早のヌービアムだ。
「千早ちゃん!」
「春香!急いで!今はあなたしかあの盾を突破できない!」
仕留め損ねた相手にそれなりの未練があったのか、姿を見せた途端ヌービアムに苛烈な砲撃が襲い掛かる。
「くっ!」
盾にした雑居ビルは、1秒もかからないうちに礫屑と消えた。
無残に装甲を削られながら、間一髪のところで直撃を避けるヌービアム。その攻撃を遮るべく、インベルが立ちはだかる。そこへスクトゥムが満を持してのビーム砲。
状況は限りなく最悪の方向へ向かっていた。

「どうしよう・・・どうしよう」
雪歩は立ちすくんでいた。
突然走り出した春香。そしてアンドラム出現の警報。
避難する人の流れを逆に泳ぎ、IDOLたちの活躍を見に来てみたが、これはどうしたことか。
敵の新型。IDOLたちの劣勢。どう見てもこのままでは――
ワンッ
「ひゃふぃっ!?」
獣の鳴き声。驚いて振り向けば、何時の間にこんなに接近したのか、足元に1匹の獰猛な獣がいるではないか。
雄雄しき四肢で大地を踏みしめ、長き尾は暴風のように振りかざされ、狩猟生物特有の流線型は獲物を決して逃がしはしない。
「ひ、ひぅ〜!ワ、ワンちゃんですぅ〜!」
犬、英語で言うとDog。それも小型犬の部類に入る可愛らしい犬が、つぶらな瞳を雪歩に向け尻尾を振っていた。
だが雪歩にとっては、横綱のまわしをつけた土佐犬が本気で威嚇しているのと同義である。
「ど、どうしよう・・・周りには誰もいないし・・・あっ」
それどころではなかった。
轟音に振り向けば、真の乗るネーブラが先ほどまで手にしていた両手持ちの巨大な兵器を破壊されてしまっているではないか。
ワンッワンッ!
犬は犬で、また雪歩に熱く吠えかける。
「ひゃううぅっ!」
とうとう、雪歩は頭を抱えて蹲ってしまった。
(このままじゃ・・・私、何も変えられないまま、終わっちゃう・・・)
だが一度恐怖に竦んだ足は動かせず、犬は一歩一歩と雪歩に近づいて――

「そこで何をしているのです」

一声。
清浄な弦の音を鳴らしたかの如く、凛と張り詰めたその一言が世界を一瞬で制した。
「え・・・?」
恐怖心すらも吹き飛ばされて、雪歩は顔を上げる。
目に入ったのは、鮮やかな――銀。
「そこの者。心配は有り難く思いますが、この方には無用のもの。早くお逃げなさい」
まるで同じ人とは思えぬ圧倒的なオーラを纏った女性が、優しく野良犬に語りかける。
野良犬は、ワンッ、と一声鳴いて、そのまま走り去ってしまった。
「え?え?あの・・・」
「もう一度聞きます」
鮮やかな銀髪をした女性は、雪歩の瞳を正面に見据えて、今度は厳しい声で言い放った。
「そこで何をしているのです」
雪歩はまるで水中にいるような息苦しさを憶えながら、声を搾り出す。
「えっと、あの、私は・・・」
「仲間を助ける力を持ちながら、そこで見ているだけなのですか」
「あ・・・」
「仲間を助けたいという気持ちが、何よりも仲間にとって助けとなるのです」
何も言えなかった。理屈は分からないが、この女性の言葉には真実という抗いがたい色が混じっているのだ。
放つ言葉を全て真実にする力――まるで、王。
否、彼女の場合に当てはめるなら、銀髪の王女。
「私は・・・私は・・・真ちゃんを、みんなを、助けたい・・・!」
「ならば助けなさい。その思いのままに」
「でも・・・」
日本にいるIDOLは全部で4体。その全てが激戦の渦中に飲み込まれている。
「大丈夫です。あなたには、その思いを助けてくれる力がある」
「え?」
刹那、脳裏に伝わる誰かの声。
(行くよ。今行くよ)
雪歩は振り返る。激戦の渦中に沈没せんとしている仲間たちを。
そして呼んだ。
「うん・・・来て」
彼女の持つ、精一杯の声で。
「来てええええぇぇぇっ!!フリゴリス!!!」
瞬間、雪歩の足元の地面が崩壊した。

「くそぅ・・・ここまでか・・・」
ブラストランチャーを失い、ビームライフルも使い果たしたネーブラに残されているのはビームソードの一振りのみ。
もはや自爆覚悟で突撃するしか、と真が悲壮な決意をしたその時、大地が大きく揺らいだ。
「地震!?」
バランスを崩し、膝をついてしまうネーブラ。しかし、アンドラムとスクトゥムは浮いているので影響を受けていない。
スクトゥムの頭部に光が集束していくのがスローモーションのように見えた。
(は、はは・・・最後には神様にも見放されちゃったかな・・・)
閃光。
閃光は、高速で左に動いたネーブラの右を薙ぎ払った。
「え?」
素っ頓狂な声を上げる真。ネーブラが動いたのではない。誰かがネーブラを抱えて左に跳んだのだ。
「大丈夫、真ちゃん?」
「その声は・・・雪歩!?」
「うん、そうだよ」
戦いの場にはいっそ相応しくないほどの、穢れを知らぬ純白の機体。
だがそれは、搭乗者にひどく似合っているように思えた。
「ちょっと待っててね。すぐに終わらせるから」
フリゴリスが、背負っていたアタッチメントを取り外した。細長い柄の先に、窪んだハート状の刃が取り付けられている。まるで、
「シャ、シャベル?」
「みんなをこんな目に合わせたこと・・・絶対に許さない、です」
『雪歩!?雪歩なの!?事情は良く分からないけど、無茶は』
律子の声を完全に無視して、フリゴリスが跳ねた。ビルとビルの間を駆け抜け、時にはビル壁を、屋上を足場に変えて、3次元的に駆け回る!
敵の砲撃はまるでデタラメな方向を撃っているように見えるほど、その動きは俊敏で、先が見えない。
そして、ついに我慢しきれず突進してきたスクトゥムに、フリゴリスがシャベル状の武器を振りかざす。
「フォティオ」
それが武器の名前。
ボンッ
まるで風船でも割るかのように。ただの一合、ただの一瞬でその障壁を貫通。
そのまま、スクトゥムの両盾ごとボディを寸断してしまった。
「う、うっそーん・・・」
真美がそんな声を漏らす。他のアイドルはその光景に声も出ない。
フリゴリスはその結果を振り返らず。爆炎を背後に残りのスクトゥムに襲いかかる。
忽ち残りのスクトゥムを三枚下ろしにしてしまうと、後は散開し連携も取れなくなったアンドラム兵を全機で掃討するだけの戦と相成った。

最後のアンドラム兵を撃破したところで、フリゴリスはがくっと動きを止めた。
「はあっ・・・はあっ・・・」
操縦者である雪歩が完全にヘバってしまったためだ。
「終わった・・・の?」
肩で息をしながら辺りを見渡せば、もはや廃墟と言っても差し支えない状態の市街に、4機のIDOLが満身創痍で立っていた。
「みんな・・・無事で、良かった・・・」
「ゆきぴょんすごおおおい!」
「亜美、ホントにもうダメかと思ったよー」
通信機から弾けた歓声に、ビクッ、と雪歩は姿勢を正した。
「萩原さん」
「千早ちゃん・・・」
「ありがとう。助かったわ。凄いのね、萩原さんって」
「そ、そんな」
真赤になってあわあわする雪歩。
『もう、そんな切り札あるんなら最初っから言ってよ〜』
「り、律子さん」
『おかげで修理が滅茶苦茶大変になっちゃったじゃない』
「そ、そのぉ・・・ごめんな」
『じょーだんよ冗談。本当に感謝してるわ。雪歩』
律子の声は、幾分涙ぐんでいるようだった。
「サンキュ、ゆ〜きほっ」
「真ちゃん!」
「へへっ、これで雪歩も正式にボクたちの仲間入りだね。や〜りぃ♪」
崩れかかったフリゴリスの体を支えながら、ネーブラの拳とフリゴリスの拳をばしっ、とぶつけ合う真。
『ふんっ、元々私がヌービアムに乗っていれば、こんなに苦戦することもなかったんだけどね』
『ふふっ、そうね〜。そしたら、ハンカチを力いっぱい握り締めてハラハラしながら画面を見つめなくて済んだものね〜?』
『あ、あずさっ!余計なこと言うんじゃないわよっ!』
「伊織ちゃん、あずささん」
続いて、外部からの通信。
『雪歩。お前のおかげでみんなが助かった。本当に、ありがとう』
「ぷ、プロデューサー!」
『改めてお願いさせてもらってもいいか?』
「・・・・・・」
『俺達と一緒に、戦ってくれるか』
「・・・はいっ」
雪歩ははっきりと頷いた。
最後に、インベルが巨体を揺らしながらフリゴリスに近づいてくる。
「雪歩」
「春香ちゃん」
「・・・どうだった?」
「うん・・・」
通信機の向こうでは声しか聞こえないけど、みんなの笑顔が確かに雪歩には見えた。
「楽しい、かも。とっても楽しい」
「私も。楽しくて、嬉しい!」
「うん!」
「あはは、これかもよろしくね!雪歩!」
紅白の機体が手を結ぶ。雪歩にとっては、それがみんなとの心の繋がりの具現に感じられた。

第5話・了