第7話「拉麺スターライン」
――スリルのない愛なんて 興味ある訳ないじゃない!
激しい歌詞と煽情的な踊りでファンを魅了してやまない"銀色の王女"こと、四条貴音。
ここ、765プロにも、同じく彼女の虜になってしまったある人物がいた。
「はぁ・・・四条さん、素敵ですぅ・・・」
765プロ事務所の応接室にあるテレビから流れる貴音の艶姿に、うっとりとした表情で酔いしれる雪歩。
自宅ではあまり堂々とテレビを観ることが出来ないので、こうして事務所でライバル他社のアイドルを研究するようなフリをして心ゆくまで堪能しているのだ。
滅多にない鮮やかな銀髪、出る所は出ている見事なプロポーション、意志の強さを現す鋭い視線、何事にも動じない堂々とした態度。
まさしく、何もかもが雪歩の憧れだった。
『トップアイドルの座は、私が貰い受けます。・・・私と共に歩むものには、心地よい夢を与えましょう』
「わ、私も四条さんと気持ちいい夢が見たいです・・・」
何やらアブない発言をしている雪歩の背後から、騒がしい双子姉妹が現れた。
「ゆきぴょん、何やってんのー?」
「あ!亜美、このお姉ちゃん知ってるよ!今クラスでちょ→話題なんだよね!」
「真美も知ってる!確か名前は・・・えーと、し、しじゅう・・・なんだっけ?」
「四条貴音さんです・・・はぁ・・・亜美ちゃん真美ちゃんぐらいの子にも人気なんだね」
「そーだよー!だってこのお姉ちゃん、メッチャかっこいいモン!」
「うんうん!そんでさー、ボンッ、キュッ、ボボーン!って、スタイルもいいから、真美達も憧れてんの!」
わざわざジェスチャー付きで曲線美を強調する真美。
「そっかぁ、そうですよねぇ・・・私なんか、アイドルランクは一緒だけど全然知名度ないし、ひんそーでちんちくりんだから、誰にも憧れてなんてもらえないんですぅ・・・」
湯のみをキュッと握り締め、どんよりとした雰囲気を漂わせてうつむく雪歩。
双子姉妹は顔を寄せ合いひそひそと、
(・・・またゆきぴょんのビョーキが始まったよ)
(穴掘り出す前に止めないと、またリッチャンの怒りが有頂天だよー)
お互い目配せして頷きあう。
「だ、だいじょーぶだよ!ゆきぴょんのことも時々、たまに、ちょーっとは話題に上がるよ!ね、真美?」
「そ、そーそー!えっと、隣のクラスの詩織ちゃんの妹のお友達の従姉妹のお隣の家の子が、ゆきぴょんのことすっごい好きだってゆってたよーな・・・」
機嫌の悪い律子のとばっちりを避けるため、双子は必死で雪歩をフォローした。
実際は何のフォローにもなっていなかったが、雪歩はそこまで気が回らなかったようだ。
「そ、そうなんだ?私も少しは有名になってきたかな・・・うふふ」
と、湯のみを握りしめたままにやけた笑みを浮かべる。
「そうそう、そのちょーしだよ!・・・あれ?これ、テレビじゃないの?」
画面には貴音のイメージングPVに乗せてスタッフロールが流れ、やがて無許可の放送・再配布などを禁ずるお決まりの文句が現れた。
「ホントだ、よく見たらDVDじゃん!どったのこれ?」
「うふふ、これはですねぇ・・・四条さんのファンクラブ会員だけに送られてくる特典DVDなんです」
「おお、マジでー!?ゆきぴょん、ファンクラブ入ったんだ!」
「そうなんですっ。しかも・・・」
雪歩は懐から、さっ、と名刺サイズのラミネートカードを取り出した。
「うっわー!激レアの一桁ナンバーじゃん!すごーい!」
「四条さんのために頑張っちゃいました」
「へー、そりゃ凄いな。でもお前、真のことカッコいいとか何とか言ってなかったか?」
「それはそれです!真ちゃんは、こう、後ろから抱いて欲しい感じのカッコよさで、四条さんは、私が後ろか抱きついて後ろ髪に頭を突っ込んでスンスン・・・」
「あ、兄ちゃんだ。おっは→☆」
「ひゃああああああああああああああ!!プロデューサー!?」
雪歩はソファーから文字通り飛び上がった。
振り返れば、眉間に皺を寄せてため息をつくプロデューサーの姿が。
「お前・・・間違っても他所でそんなセリフもらすんじゃないぞ・・・」
「プロデューサー、違うんです、これはっ、そのぅ・・・」
プロデューサーにジト目で睨まれ、雪歩のセリフはだんだんと語尾が小さくなっていく。何でもハッキリと言い切る貴音にはまだまだ遠いようだ。
(シフトに余裕が出てきて元気が戻ってきたのはいいことなんだがなぁ)
「別にいーじゃん!ファンクラブに入ったってー」
「そーだよ!真美達も入りたかったもん!でも年会費がかかるからママがダメだってー」
双子の抗議にプロデューサーは頭を掻いた。
「いや、ファンクラブに入っててもいいが、トップアイドルを目指す以上いつかは越えなきゃならない相手なんだから、憧れるのもホドホドにな」
「はい・・・すみません」
「怒ってるわけじゃないって。ただ、あまり相手を高く評価しすぎると、いざ対決って時に気負って実力が出せなくなるし・・・」
そこでプロデューサーは一旦言葉を切り、
「・・・本当の姿に気づいたとき、その落差で相手を嫌いになってしまうかもしれないしな」
「・・・え?」
「はは、いや、何でもないよ」
プロデューサーは軽く笑って誤魔化した。
「むー、亜美達も聞こえなかったー。何て言ったの今?」
「兄ちゃん教えてよー」
「そんなことより、お前らもうレッスンの時間だろうが!何でここにいるんだ」
プロデューサーの表情が阿修羅のごとく変化する。
「あ、ヤバっ」
「じゃあ兄ちゃん、先にレッスン場行ってるねー!」
危険を察知した双子は脱兎の勢いで逃げ出した。
「おーい!今日は亜美だからな!間違っても二人で行くんじゃないぞー!!・・・ったく、逃げ足だけは早いな」
「ほ、本当ですね」
レッスン場は他のアイドルも共用で使う場所だ。双子で交互にアイドルをやっていることを秘密にしている以上、亜美と真美は交互に同じレッスンを行う必要があった。
プロデューサーはため息を一つ。
(最初はなんて非効率的な・・・と思ったが)
亜美も真美も似すぎるほどよく似ている。得意なこと、苦手なことがまったく同じなのだ。
そのため、片方にレッスンした内容を改良してもう片方に効率良く教えることができる。二人分の手間を一人分に縮めているのだ。
(まあ何より、あの双子の真の魅力はレッスンじゃ磨きようがないからな)
自由で奔放、無邪気でいたずら好き。型に嵌らず、その場の思いつきで何でもやってしまう。
そんな奇抜な面白さに溢れたステージは着実に"双海亜美"の人気の源となり、確実に世のお兄ちゃん方の心を掴んでとかちつくちている。
特にアイドルに対し目の肥えた年齢層の高い人間ほど、"彼女"の斬新な魅力にハマっていると、プロデューサーは分析していた。
「っと、じゃあ俺はレッスン場に行ってくるから。真美が戻ってきたら事務所で大人しくするように言っといてくれ」
「私なんかの言うこと、聞いてくれるかなぁ・・・」
「言うこと聞かなきゃ、ジュニアアイドル学力王決定戦に出場させると言っておけ」
感慨に耽る間もなく、プロデューサーは慌ただしく準備を始める。
「そうそう、雪歩、貴音に直接お礼が言いたいと言ってたよな?もしかしたら明日機会があるかもしれん」
「ええええっ!ほ、本当ですか!?」
「明日の番組収録でテレビ局行くだろ?そこで貴音が別番組の収録やるらしいぞ。時間帯が近いから、運が良ければ会えるかもな」
目を輝かせる雪歩。一方、プロデューサーの顔はあまり晴れない。
(本当はちゃんとしたアポを取りたかったんだが・・・765プロの名前を出した途端あっさり断りやがった)
961プロは765プロを何故か敵視しているようだ。それこそ、応対を一受付嬢に徹底するほどにまで。
(貴音の携帯電話の番号を聞いておくべきだった・・・)
「でもプロデューサー、どうやってそんな情報を手にいれたんですか?」
「ん?まあ、蛇の道は蛇ってやつだ。テレビ局や雑誌社に知り合いを作っておくと、何かと情報が入ってくるのさ。じゃあ、後でな」
プロデューサーは似あわぬウィンクで表情を誤魔化すと、そそくさと事務所を後にした。

「ん、なんだ?」
亜美に遅れてレッスン場に到着したプロデューサーが見たのは、黒山の人だかり。
だが、一般人は元より芸能記者だって集まるような場所ではない。暗黙のルールというやつである。人垣はアイドル、プロデューサー、マネージャー、コーチなどなど、関係者だけで構成されていた。
(ま、また亜美が何かやらかしたんじゃないだろうな!?)
一瞬焦ったプロデューサーの視界に、人垣の外側でぴょんぴょんと飛び跳ねる小さな影が目に入った。
「亜美。何やってんだ?」
内心ほっとしながらプロデューサーは亜美に話しかける。
「あ、兄ちゃん、いいところに!肩車して!」
「何だって?あ、コラ勝手に登るな!」
亜美はプロデューサーの背中にさささっとよじ登ってしまった。素晴らしい敏捷性だ。
振り落とすわけにもいかず、プロデューサーは亜美の脚を支える。
「で、一体何の騒ぎだ」
「んとねー、あのお姉ちゃんが来てんの。えっとー・・・『銀歯の王女』!」
「それぜってぇ王女じゃないだろ・・・って、まさか貴音が来てるのか!?」
「そーそー、もービックリだよねー」
「そんなまさか・・・」
961プロは立派な自社ビルに専用のレッスンスタジオと超一流のコーチを綺麗に揃えている。
貧乏事務所が譲り合って使うような格安レッスン場など無縁のはずだ。
「ねー、兄ちゃん・・・。何か貴音お姉ちゃん困ったような顔してるよ?」
「そりゃ・・・そうだろうな」
これだけ大勢のギャラリーがいては、レッスンに集中できるはずもない。
「しょうがない、助けてやるか。このままじゃ俺らもレッスンできなくなる。亜美、降りろ」
「ほーい☆」
亜美を降ろすと、プロデューサーは人垣の外から声を張り上げた。
「おいお前ら!雁首揃えて何突っ立ってんだよ!ボケッとしてる間にどんどん差がついていくのが判んねぇのか!?」
思わず貴音まで動きが止まるほどの大音声である。全員の視線がプロデューサーに集まったところで、
「さあ散った散った!」
手を大きく振りながら人垣に割って入る。
「そーだそーだー!張った張ったー!半か丁か!」
亜美も意味不明なことを叫びながら精一杯腕を伸ばしぶん回した。
人垣の一部が崩されて、なし崩し的に全員がそれぞれの場所へ戻っていく。
「誰あいつ・・・」
「ほら、765プロの・・・」
「ああ、あれがあの・・・」
「噂じゃ、裏で汚いことを・・・」
ひそひそと流れる小声話を横目で黙らせると、プロデューサーは荷物を置いて全身鏡の一角を陣取った。
「ほら、俺らも貴音に置いてかれないようにレッスンを・・・あれ、亜美?」
「ねーねー、『お姫ちん』って呼んでいい?姫じゃなんかあだ名っぽくないし、お姉ちゃん『お姫ちん』って感じだし」
「あのバカっ・・・!」
プロデューサーは青い顔ですっ飛んで、いつの間にか馴れ馴れしく貴音に話しかけていた亜美の口を塞いだ。
「いやぁははは、レッスンの邪魔をしてすまない。こいつが言ったことは気にしないでくれそれじゃ」
「あの・・・お待ちください」
さっさと逃げようとしたプロデューサーだが、貴音に引き止められてしまい、足を止めざるを得なかった。
「もー、兄ちゃんひどいよ!」
プロデューサーの腕から逃れた亜美が早速抗議する。
「うっせ。何トンでもねぇあだ名つけようとしてんだ」
「いーじゃん!お姫ちんったらお姫ちんなの!」
「連呼するなー!」
「あの・・・」
「あ、ああ、悪い」
慌てて向き直ったプロデューサーに、貴音は深々と頭を下げた。
「先ほどは助けていただき、ありがとうございました」
「いや、俺たちもレッスンしたかっただけだから、気にしないでくれ」
「えへへー、友達を助けるのは当然だもんね!」
えっへん、と胸を張る亜美。
「まったお前は・・・!」
「友・・・?」
怪訝そうな貴音。
「うん、友達!亜美ね、お姫ちんと友達になりたいんだ!」
「お前、そんなこと考えてたのか・・・」
「そーだよー。友達だから手助けもするし、あだ名で呼んだりするんだよ」
「いや、順番逆になってるだろ。今」
プロデューサーは、目まぐるしい亜美の会話についていけず目を白黒させている貴音に頭を下げた。
「わがままは承知で頼む。騒がしい奴だが・・・貴音と純粋に友達になりたいらしい。よければ、付き合ってやってくれないか?」
「友とは、同じ旗印に集う仲間同士のこと。わたくしとあなたでは、立場が違います。わたくしたちは、違う事務所でトップアイドルを目指す敵同士なのですよ?」
「えーっ!?よく分かんないけど、ダメなの!?そんな〜・・・」
亜美はあからさまに肩を落とした。
「貴音も貴音で固いなぁ。前も言ったけど、敵だとか仲間だとか、あまり関係ないと思うんだがな」
そう言われて貴音はしばし考え込み、
「・・・分かりました。友と言えるかどうかまでは分かりませんが、双海亜美、わたくしのことは好きに呼んでもよろしいですよ」
「やったー!お姫ちん大好きー☆」
「えっ、まずそこがいいのかよ・・・」
プロデューサーは納得の行かない顔で唸った。
「じゃーねー、まずはお姫ちんに質問ターイム!どんどんぱふぱふ〜☆」
「どんぱふじゃねぇ。いい加減にしろ。レッスン始めるぞ」
ぺしっ、とプロデューサーは亜美の頭を軽く叩いた。
「兄ちゃんのケチ〜。友達のことなら何でも知りたいって思うのは普通ジャン!?」
「TPOを弁えろっつの」
「てぃーぴーおー?」
「時と場所と場合のことだ。今はレッスンのお時間なの。ほれ、さっさと準備して来い」
「ちぇー。じゃあお姫ちん、またね!次は色々聞かせてもらうかんね〜!」
亜美はプロデューサーに思いっきりあかんべーをして、手を振りながら更衣室へ走り去った。
「やれやれ、すまないな。結局邪魔したようだ」
「いえ・・・わたくしはそろそろ帰ろうと思っておりましたところ、皆様がこぞって注目されるので、あの、なかなか終わるに終われず困っておりました・・・」
「まあ貴音は今アイドル界でも注目度ナンバー1だからな。それにしても、何だってこんなところに?」
「はい、今日はたまたまビルのレッスンスタジオの改修や清掃が重なっておりまして・・・」
「それでここに来たってわけか。貴音も大変だな」
「いえ、お陰で貴重な体験もできました。不便な場所でのレッスンは、周囲の奇異の視線に耐えることによって精神も鍛えられるものなのですね」
「う・・・同意はしかねるな」
貴音の笑顔に、プロデューサーはため息をついた。
そんなプロデューサーを見て、貴音は頬を少し赤らめつつ、
「・・・あなた様は、わたくしが困ったときにいつも助けてくださるのですね」
「そうか?たまたまだと思うが・・・」
プロデューサーは首を撚る。
衆人環視にあっていたのが他の誰でも、プロデューサーは同じことをやっただろう。
「でも、本日はそのせいであなた様に悪意が向けられてしまったように感じます」
貴音の柔らかい笑顔が曇る。
「ああ、気にしなくていい。もともと俺はあまり評判がよくないから」
プロデューサーはあっけらかんとして手を振った。
「しかし、このまま何のお詫びもしないのでは、わたくしの気が収まりません」
「そう言われてもな・・・あ、そうだ」
ぽん、と手を打つ。
「それならひとつ頼まれてくれないか。明日、テレビ局で取材があるんだよな?」
「なんと!あなた様は、予知の力もお持ちなのですか?」
「い、いや、風の噂で聞いただけだ。で、ウチの雪歩が会ってお礼がしたいそうなんだが・・・時間あるかな?」
「少しならば、取れると思います」
「よし、じゃあ大体の時間が分かったら、この前渡した名刺に書いてあるアドレスにメールを・・・」
異国の言葉にきょとん、とする貴音。
「あどれす・・・?めえるとは・・・?」
「え、知らないのか?」
「あいすみません。わたくし、少々俗世のことについては疎いもので・・・」
「携帯電話は持ってるか?」
「は、はい!それならばここに」
自分にも分かる話題だ、と顔を明るくして、貴音は黄緑色の携帯電話を取り出した。
やけに大きい画面にやけに大きいフォントが浮かび、操作パネルにはやけに大きいボタンが鎮座している。
(こ、高齢者向けの楽ちんフォンだ・・・!)
プロデューサーは愕然としたが、にこにこと笑顔を浮かべている貴音に真実が告げられるはずもなく、
「・・・いい柄だね」
とだけ言って携帯電話を返す。
「とりあえず、明日空き時間の見込みがついたら、名刺に書いてある電話番号に連絡してくれ」
「委細、承知いたしました。それでは、ごきげんよう」
少し張り切った様子で頷くと、貴音は一礼して立ち去った。
(あの分だと、誰かと約束して携帯電話を使うのも、初めてなんだろうな・・・)
プロデューサーは嬉しげな貴音の背中をぼんやり見送るのだった。

翌日。
ぴりりりりり♪
「はい、もしもし」
『もしもし、久保勇気様でいらっしゃいますか?』
プロデューサーが携帯電話を耳当てると、緊張気味の女性の声が聞こえてきた。
「ああ、そうだが。貴音か?」
『はい。わたくしです』
「わざわざありがとうな。収録はどうだ?」
『おかげさまで順調です。あと少しで終わるかと』
「よし。じゃあ控え室でいいかな。こっちから行くよ」
『承知いたしました。お待ちしております』
(きっと今頭下げてるんだろうなぁ・・・)
プロデューサーは苦笑しながら電話を切った。
その傍らでは、雪歩が何やらそわそわした様子で、
「この前はどうもありがとうございました・・・これじゃ、ちょっと軽すぎるかなぁ・・・やっぱりまずは時候の挨拶から入ったほうが・・・でもでも、それだと四条さんが退屈しちゃうかもしれないし・・・」
ぶつぶつと何か呟いていた。
「何やってんだ」
雪歩のすべすべほっぺたをつつく。
「ひゃぅん!?ププ、プロデューサー!びっくりしました・・・」
「ボケっとするなよ。こっちだって後で番組収録があるんだ。もっと集中しろ」
「でもでも、私、四条さんに何て言えば・・・」
「サクッとお礼言うだけだろ?『この前は助けてくれてありがと!てへぺろっ☆』ぐらいでいいんだよ」
ピースサインを顔の前でくるくる回して謎のポーズ。
「そ、そんなふざけたノリで言ったら、きっと四条さん怒っちゃいますよ!」
「・・・いや、多分お姫ちんなら怒らないと思うが・・・」
プロデューサーはボソッと呟いた。
「とにかく、感謝の気持ちが伝わりゃいーんだよ。下手に言い繕っても、貴音には無駄だ」
「そ、そうなんですかぁ・・・?プロデューサー、四条さんのことについて随分詳しいんですね。電話番号も知ってましたし」
「えっ!?いや、まぁ、なんだ、ここのところ何かと縁があってだな、はは」
「じー・・・・・・」
露骨に目をそらすプロデューサーを問い詰めるような雪歩の視線。
「ていっ」
ぺしっ
凸ピン。
「はうっ」
雪歩は額を押さえて蹲った。
「細けぇことは気にすんな。置いていくぞ」
「あ、ま、待ってくださいプロデューサー!」
プロデューサーを追いかけて、雪歩は貴音のいる控え室へ向かった。
コンコン
「はい、どちら様でしょう」
「久保だ。入るぞ」
「萩原雪歩です!失礼します・・・」
プロデューサーはまるで自宅に入るかのような遠慮のなさで、雪歩は就職の最終面接会場かと思うほど恐縮しながら部屋に入る。
「わざわざ時間を取ってもらって悪いな。改めて紹介しよう。俺の担当アイドル、萩原雪歩だ」
雪歩は頭を床に擦り付けんばかりの角度まで下げた。
「はっ、萩原雪歩です!よくオギワラと間違えられます!でもどっちでもいいので好きに呼んでください!」
「お前何言ってんだ・・・?」
「ひっ、酷いですプロデューサー!わ、私はただ、小粋なジョークから入ったほうがいいかなって・・・」
「・・・・・・」
「はわわっ、四条さんが呆れた顔で私を・・・えっと、ええっと、隣の家に壁が・・・」
「おい雪歩、貴音にお礼言いたいんだろ」
ますます混乱した雪歩がくだらないジョークを飛ばそうとした気配を察し、プロデューサーは助け舟を出す。
「は、はいっ、そうでしたっ」
「私にお礼・・・何のことでしょう」
「えっと、この前、犬に吠えられていて泣いていた私を助けてくれたこと、それから・・・フリゴリスを呼び出す勇気をくれたことです。私、とっても嬉しくって・・・」
「礼を言われるほどのことではありません。弱き者を助けるのは当然のことです。それに・・・あのIDOLを呼び出したのは貴女です。わたくしはきっかけにすぎません」
「は、はい。あの・・・でも、ありがとうございます!」
がばっ、と雪歩は頭を下げた。
(弱者、ねぇ・・・)
プロデューサーは顎に手をやる。
「用件はそれだけでしょうか?」
「もういいのか、雪歩?」
「あ、あのっ!」
プロデューサーに促され、雪歩は意を決して一歩前に出る。
「私、四条さんに憧れてて・・・四条さんみたいな強い人になりたいんです」
「・・・・・・!」
(なっ、なんだ?)
プロデューサーは室温が一気に10度下がったような悪寒を感じた。
貴音の冷たく鋭い視線が雪歩を捉えているが、雪歩は舞い上がっていて気づかない。
「自分の思いをストレートに表現できて、いつも堂々とした態度で・・・私、四条さんみたいになりたいんです!」
「それならば・・・」
ゆっくりと貴音は口を開いた。
(マズい)
続きを言わせちゃいけない、プロデューサーは直感的にそう感じたが、貴音のプレッシャーに圧された体はすぐには動かなかった。
「それならば、萩原雪歩。強きものに怯え、優しきものに諂い、人前で容易に泣く癖を改めるべきでは?」
「え・・・・・・」
「貴音!」
「卑しくもトップアイドルを目指すのならば、その程度の強さはあるべきです」
ぴしゃり、そう言い切った貴音は、これ以上は何も言うことがないとばかりに目を伏せ、余所を向いた。
突然冷水を浴びせられたように呆然としていた雪歩は、やがて貴音の言葉の意味するところを察すると、
「あ・・・そ、そうですよね・・・わた、私なんかがこんなこと、生意気ですよね・・・ひっく、あ、また・・・ううっ、涙が・・・ぐすっ」
体を震わせて控え室から逃げ出してしまった。
「雪歩!ああ、行っちまったか・・・。ええっと、この近くで穴が掘れそうな場所は・・・」
「プロデューサー殿」
「なんだ?」
プロデューサーは出口に向かいつつ、途中で首だけ振り返る。貴音は視線を机に落としたまま、
「・・・この様なこと、わたくしが言う筋ではありませんが・・・萩原雪歩は、アイドルに向いていないのではないですか?」
「それはIDOLパイロットとしても、か?」
「・・・・・・」
貴音は答えなかった。
「まあ少々キツい言い方だったとは思うが、貴音の感じたところは概ね事実だよ。だが、雪歩は思っているよりずっと芯が強い。普段はちょっと弱気だが、いざとなればやる子だよ」
「わたくしには、そうは思えませんが」
「そっか。貴音でもそう見えるか。でも、多くのアイドルを見てきた俺だから言うが、本当に弱い子ならここまでだって来れはしないさ」
それに、と付け加えて、
「雪歩は雪歩なりに自分を変えたいと思っている。もう少し手加減してくれるとありがたいな」
貴音は意外そうな表情で顔を上げた。
きっと怒られると思った。嫌われると思った。そんな表情にうっすらと瞳を潤ませ、プロデューサーの困ったような笑顔を見つめる。
「怒っては・・・いないのですか?わたくしは、あなた様の担当アイドルをあれほど悪し様に罵ったというのに」
「心からの言葉じゃないことくらい分かるさ。雪歩のこと、心配してくれたんだろ?ありがとな。それじゃっ」
プロデューサーは手を一振りして、控え室を飛び出した。
「あなた様は、本当にお優しいのですね・・・」
残された貴音は、しかし辛そうな顔で、ぎゅっと自分の体を抱きしめる。
「でも、これで良いのです。わたくしに憧れるなど・・・」
月光よりも儚い呟きは、誰の耳にも届くことなく消えた。

さくっ さくっ
雪歩はテレビ局から徒歩3分のところにある神社の境内にいた。
御神木の陰に縮こまり、苔生した土を小さなシャベルで掘り返している。
「こんなところにいたか」
「ひっく、プロデューさぁ・・・」
「お、なんだ、もっと盛大に穴掘ってるかと思ったが、意外と小さいな。ははは」
「だって、この後収録がありますし・・・服とか汚れちゃうかもって・・・ひっく」
(・・・やっぱり、雪歩は雪歩なりに成長してるんだよな)
「ううっ、大きな穴が掘れない私なんて、やっぱりダメダメなんですぅ」
感心したのも束の間、雪歩は亜空間から大きなスコップを召喚すると、ざっくり地面に突き刺した。
「待て待て待てっ!そーじゃない、そういう意味じゃない!雪歩も成長したなって思ったんだよ」
慌ててプロデューサーが雪歩を止める。
「私が成長・・・ですかぁ?」
「そうだよ。ちょっと前までなら所構わず穴掘り始めたり、次の仕事も考えず逃げ出したり散々・・・ああもうそこで泣くなっ、褒めてんだから」
「ひっく、はい・・・」
「とにかく、雪歩は雪歩なりに成長してるんだ。貴音もキツいことは言ったが、お前のことを嫌ってるわけじゃない」
肩をトントンと叩いて、プロデューサーは雪歩を慰める。
「ほ、本当ですか?」
「本当だよ。本人に確認したんだから。だから、雪歩はやれることを精一杯頑張れ。な?」
「・・・そうですよね、私、変わらなくちゃ。四条さんみたいに誰にも負けず、頼らず、強くなります!」
「うーん・・・」
きりっ、と気合を入れる雪歩に、プロデューサーは思案顔。
「誰も頼らないって、俺のことも頼ってくれないのか?プロデューサーとしては、そいつは寂しいな」
プロデューサーはハンカチを取り出し、雪歩の涙顔を綺麗にする。
「貴音に憧れる気持ちはわかるが、お前はお前だ。お前にしかなれない自分を目指せよ」
「私にしかなれない、私・・・」
「お前のファンは、少なくとも『萩原雪歩』に憧れてるんだ。そいつは、大事にしてやれ」
「は、はい・・・分かりました。頑張ってみますぅ」
雪歩はぽうっと頬を上気させ、うっとりとプロデューサーの仕草をみつめていた。
「さ、これでいい。そろそろ時間だ」
「あの、プロデューサー!」
意を決したように、雪歩が口を開く。破裂寸前まで空気を吸い込み、精一杯の気合を入れて。
「何だ?」
「わ、私、プロデューサーのこと・・・!」
ビーッ ビーッ
否応無く不安をかきたてる電子音が鳴り響いた。
「む、ちょっと待て」
「・・・は、はいぃ」
プロデューサーは通信機を取り出す。
雪歩は空気の抜けた風船のようにしゅおしゅおと萎んでしまった。
「こちら久保。どうした?」
『こちら司令室です。アンドラムが出現しました。場所は滋賀県南部。数、スクトゥム10のみです』
「今は・・・亜美真美のテンペスタースか」
『はい。それで、雪歩さんの出撃準備を・・・』
「ああ?!」
『ひ〜〜んっ、ど、怒鳴らないで下さいよぅ』
怯えたハスキーボイスが聞こえてくる。
「くそっ、分かってるよ!だがせっかく掴んだテレビの仕事だぞ?・・・って、すまん、お前に八つ当たりしても仕方ないよな」
『そうですよ〜。プロデューサーさん、後輩をイジめちゃダメです。めっ』
通信に割り込んできたのは、この緊急事態にはまったくそぐわないおっとり声。
「あずささん。インベルかヌービアムは出せませんか?」
『それが・・・春香ちゃんと伊織ちゃんは今は無理みたいで、千早ちゃんからは応答がないんです』
「千早は確か新曲のレコーディング中か。伊織はライブだし春香は地方イベント・・・くっ、手詰まりか」
『雪歩ちゃんなら収録だからもしかして〜、と思ったんですけど・・・』
「・・・・・・」
プロデューサーはチラリ、と雪歩に視線を向ける。
雪歩は大きく頷いた。
「プロデューサー、私、やります。やらせてください!」
「・・・この仕事を逃すと、アイドル活動に大きく響くかもしれない。それでもいいのか?」
「・・・はい、大丈夫です」
雪歩は、キュッ、と両手を握りしめた。
「例えランクFに戻っても、何回でも、這い上がってみせます!」
「雪歩・・・」
『やったー!ゆきぴょんかっこE→☆』
突然通信機から巫山戯たような台詞が飛び出した。
『だが、それにはおよびませんぜ、お嬢さん!なんちゃってー』
「亜美、真美か?」
プロデューサーは驚いて通信機を耳に当て直す。
『プロデューサー、亜美と真美、何か策があるみたいなんです』
もう一人、疲れたような気配を漂わせつつもはきはきとした喋りが聞こえてきた。
「律子か。策って?」
『んっふっふー、それは見てからのお楽しみだよ〜』
『細工はりゅんりゅん仕掛けを五郎と次郎、だよ!』
「それを言うなら細工は流々仕掛けを御覧じろ、だろ。おい、ふざけてないで作戦とやらを教えるんだ」
『りゅんりゅん・・・』
ハスキーボイスのオペレーターが何やら感慨深げだがそれは無視。
『もう、この子たちったら、この調子で教えてくれないんですよ』
と、溜息をつく律子。
「亜美、真美。どんな策を思いついたのか知らないが、早く話すんだ。それが良いか悪いか判断するまで、出撃は許可できないぞ」
プロデューサーの諭すような声も双子には馬耳東風。
『え〜っ、だって、言ったら絶対ダメって言うジャン!』
『そうだよー。いおりんは勝手にしていいのに、真美たちだけほーこく義務があるなんて酷いっしょ!』
「つまり、それくらい無茶な考えってことだな?ダメだ、今すぐ降りろ」
『ふ〜んだ、もうテンちゃんに乗っちゃったから、兄ちゃんにだって止めらんないもんねー!』
『そーだそーだクリームソーダ!このコクピットは真美たちの世界だ!』
「お前ら・・・!」
『あ、待ちなさい、亜美、真美!』
律子の叫び声、そして一拍の間を置いて、
『・・・テレポートで逃げられました』
『テンペスタース、基地上空に出現しました!』
律子とオペーレーターの声が重なる。
『じゃあ兄ちゃん、ゆきぴょんのことよろしくねー』
『テンペスタース、はっし〜〜〜ん!!』
それきり、双子の声は聞こえなくなる。
関係者全員のため息が同時に通信機に流れた。
『ど、どうしましょうプロデューサーさん・・・』
おろおろするあずさ司令。
『・・・ひとまず様子を見ましょう。俺と雪歩は収録に向かいますが、赤坂ポイントにフリゴリスを準備しておいて下さい。いつでも出ます』
『わ、分かりました。お願いします』

「・・・ふぅ、困ったことになっちゃったわ〜」
あずさは通信を一旦切ると、背もたれに深く背を預けた。
「テンペスタース、アンドラム出現予想ポイントに到着!」
「敵、顕在化します。数は・・・予想通り?」
「あずささん」
息を切らせて司令室に駆け込んできたのは律子だった。
「律子さん。亜美ちゃん真美ちゃんの言ってた作戦に、心当たりはありますか〜?」
「ええ、そのことで、ここまで来ました・・・ふぅ」
「あらあら、大丈夫?そんなに息を切らせて」
律子は小さく頭を振った。
「・・・ダメですね。アイドル活動から身を引いて1年弱・・・すっかり体が鈍っちゃいました」
「そう、私もなのよ。昔は丁度良かったはずの上着が、最近胸のあたりが苦しくなっちゃって」
(それまだ大きくなるのかよ!)
司令室の全員の心がシンクロした。
「やっぱり運動して痩せないとダメね」
「・・・はは、あずささんの場合そこ以外が痩せそうですけどね・・・」
「え?」
「そんなことはともかく!今は亜美と真美のことです!」
呼吸を整えた律子は、両手を腰に当てあずさに詰め寄る。
「はっ、はい〜!」
「あの子たち、さっきこんなことを聞いてきたんです。『スクトゥムのビームがバリアの中から撃てるなら、そのビームは外からスクトゥムのバリアを貫通するのか』って」
実際はもっと難解で曖昧で抽象的な訊き方だったため、律子が双子の質問を理解するのに1時間かかったのだが。
「調べてみたら、確かにその通りでした。あのバリアは粒子レベルで一定角度傾斜していて、特定の振動数の粒子ならそのまま通す性質が・・・」
「???」
「とにかく、スクトゥムのビームならスクトゥムのバリアも簡単に貫通できるってことです」
「あ、なるほど〜」
あずさは考えつつ、顎を指でなぞる。
「ん〜・・・つまり、敵の攻撃を敵に当てれば勝てるってことかしら?」
「理論的にはそうなります。でも・・・スクトゥムの行動パターンを見ると、同士討ちは避けるように展開してます」
「超能力でビームを曲げるとか、かしら?」
「テンペスタースにそこまでの出力はありません。せいぜい自分に当たらないように逸らすのが精一杯のはずです」
「あ、あずさ司令!」
緊迫したオペレーターの声に、二人は戦況を映し出す大画面を見上げた。
テンペスタースが追い詰められている。
10機のスクトゥムに取り囲まれ、四方八方からの集中砲火。時間差のビームがテンペスタースを上に逃がさない。
「テレポートは!?」
「わ、分かりません、先程敵陣の真ん中に飛び込んでから防戦一方で・・・」
「飛び込んだ・・・?」
律子のメガネがきらりと光る。
「はっ、早くプロデューサーさんに連絡を!」
焦ったあずさが椅子から立ち上がった。
「待って下さい、あずささん」
「り、律子さん?」
「亜美、真美、聞こえてるんでしょ。策があるなら早く見せてちょうだい」
落ち着き払った律子の声に、余裕綽々の双子が応える。
『んっふっふ〜、それじゃ亜美、そろそろ始めようか』
『うん。とっておきのマジックショーだよ!』
『真美たちに、神のゴーカートがありますように』
「ご加護、でしょ」
律子がツッコむ。次の瞬間、
ゴォンッ!
爆音とともにスクトゥムのビームがテンペスタースを直撃した。
豪快に煙を吹き上げるテンペスタース。
『・・・残念、はっずれっだよー☆』
テンペスタースの前に、文字通り"盾"が出現していた。そう、別のスクトゥムである。
「スクトゥムを盾にした!?」
『やっ、はっ、とうっ!』
次々と撃たれるスクトゥムのビーム。その度に別の1機がテレポートに引っ張られ、火線上に現れる。
ある1機は発射の瞬間にその場で横向きになるようテレポートさせられ、直接味方機を撃ち貫く。
あるいは同時に発射した2機は互いに互いを撃ち抜いてしまう。
攻撃しているのは敵だけなのに、見る見るうちにスクトゥムの集団が損耗していった。
「凄い、凄いわ!亜美ちゃん、真美ちゃん!」
『んっふっふ〜、短距離テレポートならあんまり疲れないもんね』
「でも、速度も連続性も今までと桁違いじゃない!いつの間にこんな芸当・・・」
『えっへん!亜美たちだって、何時までもゆきぴょんに任せっきりじゃいられないもんね』
『そーそー。結構練習したんだよ』
『いおりんに見切りのやり方とか教えてもらったし』
「この前の出撃でアンドラム兵相手にお手玉して遊んでたのは、こいつの練習だったのね」
律子は眉間を押さえながら、しかしどこか嬉しそうに呟いた。
あの後亜美と真美を、プロデューサーとで散々叱ったのを思い出す。今日の戦果をプロデューサーが聞いたらどんな顔をするだろうか。
(この子たちはこの子たちなりに、戦ってるのね。色んなものと)
「・・・今日のことは怒らないから、これからはちゃんと先に言いなさい。それが信頼ってものよ。いいわね」
『わーい!りっちゃんやっさしー!』
『うん、わかった!信頼、だね』
すでに10機のうち、9機までが大地に沈んだ。
最後に残った満身創痍の1機は、もはやバリアすら展開できない有様だ。ここまで、僅か1,2分の出来事である。
テンペスタースはエネルギーを収束させ、鎌状の武器を作り上げた。
『死ぬぜぇ・・・テンちゃんの姿を見たものは』
一歩一歩近づくテンペスタースに、スクトゥムが最後の抵抗でビームを放つ。
瞬間、テンペスタースはあっさりその背後にワープし、鎌を振り下ろした。

月明かりの下、大小3つの影が街道を歩く。
先行する二つの小さな影は、後ろの大きな影に向かって腕を大きく振り回して飛んだり跳ねたり忙しい。
「なるほど、そいつは大活躍だったな」
双子の熱弁に、プロデューサーは苦笑した。
今日こそはあの双子の尻を引っ叩いてやろうと足早に基地に戻ったプロデューサーを出迎えたのは、くすぐったそうな微笑を浮かべる律子と、その後ろに隠れて不安そうな亜美真美の姿だった。
『・・・兄ちゃん、まだ怒ってる?』
恐る恐る、真美が尋ねた。
『・・・怒ってはいるが、先に話を聞こう』
プロデューサーは双子と律子の顔を見比べて状況をなんとなく察したか、出しかけた矛を引っ込めた。
『だから言ったでしょ。プロデューサーはちゃんと聞いてくれるって』
『うん!』
そうして、今に至る。
「お陰で雪歩の仕事も上手くいった。感謝してる」
「やったー☆兄ちゃんに誉められたー!」
「いぇーい!」
双子はハイタッチを交わす。
「こら、あんまり調子に乗るな」
『はーい』
分かっているのかいないのか、異口同声に返事を返す二人。
「まったく・・・」
プロデューサーはため息をついた。
「ねー兄ちゃん、それより亜美、お腹すいたー」
「真美もー」
「あー・・・じゃあどっかで食べていくか。今日のご褒美だ、何でもいいぞ」
双子の目が宝石のように輝いた。
「おおおおお、マジでー!?」
「兄ちゃんメタボ症候群!」
「そのネタもうやったから」
「ネタ?何の話?」
首を傾げる真美。
「いやこっちの話だ。・・・しかし、この辺りあんまり食べるところないなー。居酒屋くらいならあるが」
プロデューサーはポケットからタバコを取り出した。
「あ!兄ちゃんいけないんだー!ここ、ろじょーきんえんきんしくいき、だよ」
「む・・・って、それじゃ逆だろ」
プロデューサーはそそくさとタバコをしまった。
「真美、あんまりタバコの匂い好きじゃないなー・・・」
「分かった分かった。居酒屋はやめておく」
「うん・・・それもだけど、兄ちゃんはタバコやめないの?」
「それは無理だ」
きっぱりとプロデューサーは首を振った。
「亜美、ちょっとそこらへんにフレンチの高級店がないか見てくるね!」
「おい、誰がそんなもん食べていいと・・・行きやがった。本当に見つけてこないよな・・・」
「むー、兄ちゃん、さっき何でもいいって言ったっしょ?嘘つきは銭形平次の始まりなんだかんね!」
「そりゃ捕まえる方だ。この前の中華パーティのせいで財布が厳しいんだ・・・察してくれよ」
その時である。
「もし。そこにいるのは・・・」
「げっ・・・」
プロデューサーは背後から響く聞き覚えのある声に絶句した。
2人に声をかけてきたのは、月下に美しい銀髪の姫君。四条貴音だ。
「あーっ!お姫ちんだ!」
「・・・・・・?」
真美が頓狂な声を上げ、貴音は小首を傾げる。
プロデューサーは脳のCPUをフル回転させ、この場を最速で乗り切る方法を考えた。
(とにかく話を切り上げよう。真美を抱えてダッシュで逃げ、亜美が戻ってくる前に亜美も捕まえる!)
プロデューサーはそこで初めてくるりと後ろを振り向き、
「やあ貴音さん奇遇だね残念だが我々は忙しいので即座にお暇させていただくよはははは」
「わーい!まm・・・おっとっと、亜美ね、お姫ちんに会ったら色々聞きたいことがあったんだー。でも、今から・・・」
(よく自分の名前を我慢したな、真美!そのまま断れ!)
「亜美たちご飯食べに行くんだけど、一緒にどう?」
「ってこの阿呆」
ぺしっ
プロデューサーのチョップが真美の額に刺さる。
「な、何をするだァーッ!」
抗議する真美を貴音から遠ざけ、プロデューサーは小声で囁く。
「状況が分かんねぇのか!亜美と一緒にいられるところ見つかるとマズいだろ!ここは逃げるぞ」
「えー、でもー・・・」
「あの・・・プロデューサー殿?」
怪訝そうな表情全開で、貴音が声をかける。
「な、何だ?さっきも言ったが俺と亜美はこの通り忙しくて・・・」
「そちらの――亜美と名乗る少女は誰ですか?」
『えっ?』
プロデューサーと真美の動きが止まった。
(おいおい、いくらなんでも昨日会ったばかりのこんな騒がしい奴を忘れるか普通?・・・健忘症?)
あまりと言えばあまりな貴音の台詞の真意が汲み取れず、プロデューサーは混乱する。
「誰って・・・亜美だよ!双海亜美!昨日会ったじゃん!・・・お姫ちん、忘れちゃったの?」
真美が悲しそうな顔で訴えかけるも、依然貴音の顔は険しい。
「・・・わたくしをその愛称で呼んで良いと許可したのは双海亜美にであって、あなたではありません。双海亜美によく似たモノよ」
(なん・・・だと・・・!?)
「え、ええええっ!?に、兄ちゃん、どうしよう」
真美が慌ててプロデューサーの後ろに隠れる。
プロデューサーも何と言っていいか分からず、無言で真美を背後に庇った。
(バレた?聡い子だと思っていたが、まさか・・・)
貴音はステージ上で見せる王者の迫力を漂わせて、一歩前に出た。
「あなたは何者です。・・・もしや、双海亜美の姿を真似た、妖魔のたぐいか!?」
「へ?」
「怪しい奴、正体を現しなさい!」
真美は怯えてプロデューサーの腰にぎゅっとしがみつく。
「待って、お姫ちん!」
さらに詰め寄ろうとする貴音を引き止めたのは正真正銘の、
「亜美!」
双海亜美だった。
「なんと・・・双海亜美」
貴音は目を丸くして交互に亜美と真美を見やる。
「・・・これまでか」
流石のプロデューサーも両手を上げて観念した。
「ゴメンね、兄ちゃん・・・でも、真美が可哀想で見てらんなかったから・・・」
「いや、気にしなくていい。まさか片方しか居ない時にバレるとは俺も思わなかった」
「プロデューサー殿、これは一体・・・」
「紹介しよう。この子は亜美の双子の姉、双海真美だ」
真美はおずおずと貴音の前に顔を出した。
「そうなの。嘘ついてゴメンなさい。でもでも、お姫ちんを騙すつもりじゃなかったんだよ!」
しゅんとして俯く真美の肩をポンポンと叩いてやりながら、
「まあ何だ、立ち話もなんだし、詳しい話は食事でもしながらにしよう。奢るよ」
プロデューサーが言うと、亜美も手を打って合わせる。
「あ、そうだ!あっちにラーメン屋さんの屋台があったよ」
ぐ〜〜・・・・・・
亜美の台詞に釣られ、誰かの腹の虫が鳴った。
「・・・・・・」
かあっ、と顔を赤くしたのは、なんと四条貴音だ。
「腹、減ったのか?」
「は、はい・・・朝から何も食べていないもので・・・」
「ラーメンで、いいか?」
「いえ、むしろ、らあめんが良いです」
そこはキッパリと断言する貴音。
プロデューサーは苦笑した。
「了解了解。じゃ、行きますか」
歩きがてら、プロデューサーは貴音に亜美真美の境遇について説明する。
交代で一人のアイドルを演じていること、そして、そのことを秘密にしていること。
双子はずっと黙って、プロデューサーの手を握っていた。
「卑怯だ裏切りだと罵られる覚悟もある。バレたら即座にアイドルを辞めなければならないことも、分かっている」
「そうと分かっていて、何故このような危険なことを?」
「一つは、さっきも言ったが体力的な問題だ。メジャーアイドルに求められるクオリティは年々上がってきている。亜美真美ぐらいの年齢じゃ、まだ一人でその期待に答えるのは難しい」
「・・・他に理由があるのですか?」
「・・・俺は最初断るつもりだった。二人で一人のプロデュースなんてな。双子デュオならいいと社長に言った」
プロデューサーの手を握る、双子の手に力がこもる。緊張。不安。そんな感情が綯い交ぜになった表情で、二人はプロデューサーを見上げた。
「だが、実際に会ってみて、亜美と真美に想像以上のポテンシャルがあると感じた。だからこそ、デュオじゃ惜しいと思い直した」
「それは、なにゆえですか?」
「双子のデュオは確かに珍しい。それだけでスタートダッシュの人気は得られやすいし覚えもいい。だが、そこで終わっちまう。『双子のナントカ姉妹』ではなく、『双海亜美』としてこの子たちの力を見て欲しかった」
「兄ちゃん・・・」
「亜美と真美、二人が十分なパーソナルを得たら・・・それこそ、誰が見ても亜美と真美を見分けられるようになったら、双子のデュオで再デビューさせてやりたいな。ま、そいつは俺の野望だ」
「ううん・・・違うよ兄ちゃん。真美も、いつか亜美と一緒にステージに立ちたい!」
「亜美も亜美も!真美をちゃんと、双海真美、って呼んで応援して欲しいよ〜」
「おう!そうだな!じゃあ俺たちの野望だ」
プロデューサーは、わしわしっ、と双子の頭を撫でた。
「・・・とまあそういう訳なんだ。頼む!このことは、黙っていてくれないか?」
「・・・あなた方のこと、全て分かりました。わたくしに腹を割って話ていただいたこと、嬉しく思います」
両手を併せて拝むプロデューサーの手に、そっと触れる貴音。
「ご安心下さい。例えこの身を焼かれようとも、決して他言いたしません」
「そうか、助かるよ」
「お姫ちん、ありがとーっ!」
「だーい好きっ☆」
今度は貴音に抱きつく亜美真美。貴音は双子姉妹を愛しそうに見つめながら、
「それに・・・わたくしもあなた様と大事な秘密を共有する仲でございますから・・・」
と頬を染めた。
「え、えぇーっ!?これはスゴく意味深なセリフですぞ真美殿!」
「しかも"あなた様(はぁと)"でしたぞ!?亜美殿、これは是非皆に報告しなければ!」
「な、何言ってんだ!バカ!」
珍しく焦るプロデューサー。見えてきたラーメン屋台を指差し、
「ほ、ほら着いたぞ、さっさと注文しろ」
「んっふっふ〜、騙されませんぞ兄ちゃ〜ん?」
「ラーメン食べたら後でたっぷり尋問するかんね!」
「じゃあ、ついでにカツ丼も用意しないとね」
「そんなに食える訳ないだろ」
「なんと、この屋台では、食後にカツ丼も出るのですか!?」
何故か目を輝かせる貴音にプロデューサーは苦笑い。
(つ、疲れるな・・・貴音ってこんなキャラだったか?)
貴音の両隣に亜美真美、そして真美の隣にプロデューサーが座った。
「チャーシューメン大盛り」
「あいよっ」
「味玉チャーシュー、メンマ抜き!」
「真美もそれ〜!」
「何?メインディッシュを抜く気か?お子様め・・・」
「ふ〜んだ」
わいわいと亜美真美、プロデューサーがやりあっている最中、貴音の鋭い一言が。
「では・・・全乗せダブル野菜増し特盛りでお願いいたします」
『!?』
屋台の空気が凍った。
「お、お嬢ちゃん・・・本当に食べるのかい?」
店主も流石に聞き返す。
「はい、そうですが・・・」
「貴音、いいか、一応聞くぞ?普通盛りに比べて全具材が2倍乗っかって、野菜は4倍で麺は3倍・・・だぞ?」
「ええ。食後にカツ丼が出ると聞いたので、少々抑え目に・・・」
いたって正気、それどころか何故聞き返されているのか不思議だ、という顔の貴音。プロデューサーと亜美真美は引きつったような笑みを浮かべた。
(ば、化物だ・・・)
「・・・今何か、失礼な気配が・・・」
「いやぁ貴音は健啖家だなぁ!はははは!」
「タンタンメンだなぁ!わっはっは!」
「檀臣幸だなぁ!あっはっは!」
笑って誤魔化す三人。
「それにしても、よく真美を見て亜美じゃないって分かったな」
「その・・・気配と言いますか、似てはおりましたが、確かな違いを感じました」
「いやー、凄いな。俺だって二人一緒にいないとどっちがどっちだか分かんねぇってのに」
「えっ、兄ちゃんは判るの?亜美と真美がおんなじ髪型でも?」
「そうだな・・・写真だと厳しいが、動きを見れば分かる」
「え〜、よく分かんないよー」
「自分たちでは気づいてないかも知れないが、僅かに違うのさ」
「うっそだー」
「ホントだっつの」
ワイワイと盛り上がる4人の前に、ラーメンの丼が並べられる。
「あいよっ、お待ち!」
コトン、コトン、コトン、ドンッ
貴音の目の前には特盛り丼に溢れんばかりの具材と汁が詰め込まれた特大ラーメンが置かれた。
貴音はそれを見て幸せそうな笑みを浮かべている。
(そんな顔もできるんだな・・・)
横目でそれを眺め、プロデューサーは複雑な気分だった。
(その笑顔、皆に見せてやればいいのに・・・)
「さて・・・皆々様」
貴音が割り箸を手に取り、左右に目配せして手を合わせた。
「おう」
「バッチコーイ!」
「準備OK!」
4人分の割箸が、ぱきゅっ、と音を立てた。
『いただきまーす!』

第7話・了