第10話「キラメクヒカリ」
最後のミレスが、テンペスタースの光の刃に貫かれて崩れ落ちた。
「正義は勝つ!わ〜っはっはっは〜!」
爆炎を背に、敵集団を全滅させたテンペスタースはピースサインをして大笑い。
そこへ、大きく翼を広げたIDOLが天空より舞い降りる。
「流石ですね。双海亜美、双海真美。次はわたくしが相手になりましょう」
「あ、お姫ちんだ!逃っげろー!」
テンペスタースの姿はあっという間にテレポートで消えた。
「・・・・・・」
誰もいない場所に神々しく舞い降りたレオリカはしばらく固まっていたが、やがてふわふわと力無く浮き上がると、空しそうに飛び去った。

一方その頃。
「行けっ!カーニス!サーペンス!」
響の指示に従って2匹の機械獣がインベルに襲いかかる。
ガシッ!
カーニスはインベルの重装甲を縛り上げ、カーニスはその足元に激しく牙を突き立てた。だが、
「響ちゃん・・・ごめんね」
春香は一言そう謝ると、蛇と犬を体にぶら下げたまま、インベルは何事もなかったかのように大空へ飛び上がった。
「あ」
あの2匹ではインベルの装甲と巨体を食い止めるのは流石に力不足だったようだ。
消える飛行機雲に乗っかった1体と2匹を、バンナイヌは呆然と見送った。

「インベルとテンペスタースの場合は逃げるのが楽でいいですね!」
脳天気なオペレーターの声に、プロデューサーは頭を抱える。
「訓練にもならねぇ・・・」
レオリカとバンナイヌの攻撃をいなしつつ撤退するのが目的だったのだが、早速この有様であった。
「あらあら、逃げるのが楽なのは良いことじゃないですか。これならサブの子も出撃しなくて済みそうですし〜」
「いやまあ、そうなんですけどね」
ぽえっ、としたあずさの言葉に、納得がいかない様子でプロデューサーは頷いた。
「しかしヌービアムやネーブラの苦労を考えると簡単に喜ぶわけにも・・・」
「ふふっ、プロデューサーさんは、優しいですね〜」
「・・・どうも」
気恥ずかしくなって、プロデューサーは姿勢を正す。
「その分千早、伊織、真の操縦は確実に上達するので良しとしましょう。・・・プロデューサーとしては、喜ぶべきかどうかは微妙ですがね」
そう言って、小さくため息を吐いた。

「た、貴音ぇ・・・ぐすっ」
「何を泣いているのです。響」
貴音は豆粒のような大きさになったインベルを見上げながら、バンナイヌが待つ戦場へ舞い降りた。
レオリカの最高速ならインベルに追いつくことは可能だが、それではインベルにダメージを与えられる程の十分なエネルギーをウェヌスに供給することができない。
最大エネルギーこそヌービアムを遥かに上回るが、防御/攻撃/移動に使用するエネルギーの総和が一定になってしまうのがレオリカの弱点である。
「カーニスと、サーペンスがぁ・・・うぐっ」
「まさか、インベルに?」
「うん」
うじゅうじゅと涙声の響。貴音は嘆息した。
「・・・仕方ありませんね。今からでも追いかけて・・・」
「あ、レーダーに反応!カーニスとサーペンスだ!」
ぱあっと響の声が明るくなり、インベルが飛び去った方向に巨体を揺らしながらズドンズドンと走りだす。
数キロ駆けたところで、カーニスがサーペンスを体に巻きつかせて凄まじい勢いで戻ってきた。
両手を広げたバンナイヌが飛び込んできた2匹をがっしり受け止める。
「うぅぅ・・・よく戻ってきたな!偉いぞ!」
カーニスは尻尾を激しく振って、サーペンスはバンナイヌの頭に自分の頭を摺り寄せるようにして喜びを現した。
「感動の再会ですね・・・」
貴音はコクピットの中でそっと涙を拭う。
『何やってんだあいつら・・・』
偵察機からの映像を見ていたプロデューサーと黒井社長の台詞が被ったことは、誰ひとりとして知る由もない。

モンデンキントとトゥリアビータの抗争はすぐに膠着状態に陥った。
いつも通りにアンドラムとの戦いを続けるモンデンキントにトゥリアビータがちょっかいを出し、モンデンキントはその度に即時撤退する。
この行為は最初こそ各方面から非難されたものの、世間の興味もお偉方の関心も薄れるのは早かった。
プロデューサーは痺れを切らした黒井社長がすぐにでもモンデンキントジャパン本部の襲撃を企てるのではと警戒していたが、何か理由があるのか、トゥリアビータが大きな行動を見せることはなかった。
そして、お互いに情報を探り合う日々が続く。
「これもある意味、平和って言うのかね・・・」
新聞を広げ、プロデューサーは自分の肩を揉みほぐしながらボヤいた。
「え?何か言いました?プロデューサー?」
対面に座るやよいが聞き返す。
「いや、何でも」
「あ、ひょっとしてプロデューサー肩こってるんですか?じゃあ私、肩たたきしてあげます」
いいよ、と断る間もなく、やよいはプロデューサーの背後にとてとてっ、と移動し肩を叩き始めた。
「とんとんとんとんとんとんとん♪」
「お、何か悪いな」
「いいえ!私、家でよくお父さんの肩、叩いてあげてるんですよ〜」
「そうなのか?孝行者だな、やよいは」
「こーこーもん?」
「お父さん思いだなってことだよ」
プロデューサーは心地良さに目を細めつつ、紙面に視線を落とした。見出しにざっと目を通すが、あれほど世間を騒がせたトゥリアビータのことは今や3面記事扱いだ。
「トゥリアビータか・・・やよいはどう思う?」
「私ですか?うぅ〜・・・難しいことはよく分かんないですけど、みんなで仲良くアンドラムと戦えたらいいのに、って思います」
「・・・だよなぁ。やよいはちゃんと分かってるよ。一番大切なことが」
「えへへ、ありがとうございます〜・・・」
プロデューサーに誉められたやよいは照れ顔で俯く。
「おう、ありがとな。もういいよ」
「は〜い!どういたしましてですっ!」
プロデューサーは椅子から立ち上がった。
「そろそろ時間だな。さ、今日は大事なオーディションだ。張り切って行こうか」
「は、はい!頑張ります!」
少し緊張した面持ちで、やよいは頷いた。
今日はやよいにとって地方ロケという大きな仕事がかかっているオーディション戦である。
「やよいの実力なら問題ない。緊張するな。ガーッと行けガーッと」
「ガーッ!ですね!分かりました!」
大雑把なアドバイスだが、実際のところプロデューサーは特に心配していなかった。ハチャメチャでもやよいのパワーと勢いでやりきってしまうことが大事なのだ。やよいの魅力はその後から付いて来る。
「うっうー!私、燃えてきましたっ!プロデューサー、あれ、お願いします!」
「あれか?景気づけにやっとくか」
やよいは精一杯右手を上に伸ばす。プロデューサーは右手を小さく肩の上に掲げた。
「いきますよー!」
『ハイ、タッーチ!』
プロデューサーの手と、その半分ほどの大きさしかないやよいの手が力いっぱい打ち鳴らされた。

「やよい〜!うわぁぁぁん!」
オーディション会場の控え室で、謎の人物が突如背後からやよいに抱きついた。
すわ不審人物かとプロデューサーが身構えるが、
「はわっ!・・・ひ、響さん?」
やよいにはすぐに相手が誰か分かったようだ。
「そうだぞ〜、自分だぞ〜」
「お前・・・んなとこで何やってんだよ」
プロデューサーは拳を降ろし、やれやれと額に手を当てた。
響はやよいの肩に頭を載せてうじうじしており、ポニーテールは力無く垂れ下がっている。
やよいは不自然な体勢で響の頭をよしよしと撫でながら、
「どうしたんですか?響さん」
「やよいがオーディションに出るって聞いて・・・」
「まさか、お前も出るのか!?」
プロデューサーは焦った。はっきり言って、響レベルの人気アイドルが出るような番組ではない。
今の響が出場すればぶっちぎりでトップを獲得してしまうだろう。
「ううん、違うぞ。このビルでついでに別の取材があったから、心配で見に来たんだぞ!」
「取材がついでかよ・・・って、何でこっちのスケジュール把握してんだ」
「黒井社長に聞いたんだ!嫌がらせしてこい、って言われたけど・・・」
(相変わらずだなあのクソ野郎・・・)
プロデューサーは心の中で悪態をつく。
「まあこっちも響と貴音の予定は大体把握してるからお互い様だけどよ・・・」
トゥリアビータもアイドルをパイロットとする以上、モンデンキントと同じくアイドル活動による制限という構造上の問題は避けられなかった。
トゥリアビータの戦力がレオリカとバンナイヌしかいない(と推定される)以上、響と貴音の予定を把握していれば、おのずと出現するタイミングは分かる。
だが、やよいは765プロと961プロの冷戦構造なぞお構いなしに、暖かい笑顔で頭を下げた。
「私の応援に来てくれたんですか?!うっうー!ありがとうございまーす!」
「やよい、大丈夫か?緊張してないか?喉乾いてないか?765プロに変なことされてないか?」
「おいコラ」
プロデューサーは響を引き剥がそうとするが、響はやよいにしがみついて離れない。
やよいはむしろ嬉しそうに、元気よく答えた。
「大丈夫でーっす!・・・ところで、変なことって、なんですか?」
「えっ」
純真無垢な瞳のやよいに問い返され、響は言葉に詰まる。
「変なことって言ったら・・・アレだよアレ!なぁ、765プロ?」
「そこで何で俺に振るんだよ!」
きらきら視線がプロデューサーに向けられる。
「うっ」
プロデューサーは汗を一筋垂らして視線をそらした。
「響さんがよく言ってますけど・・・プロデューサーは、へんたい、なんですか?」
プロデューサーは響を睨む。響は、さっ、と顔をそらして口笛を吹き始めた。
(最近忙しくてやよいの活動にあまり付き添ってやれてなかったが、この分だと度々会ってやがったな)
プロデューサーはため息をつくと、やよいの両肩にガッと手を添えて、腰を落とし、やよいの目を正面から見据えた。自分の真心が余す所なく伝わるように。
「いいか、やよい。変態は逮捕されなきゃならん。俺は逮捕されるようなことはしていない。つまり俺は変態じゃない。以上だ」
(我ながら見事な三段論法だ・・・!)
「そうなんですか?でもー、この前、ぐらびあ写真を撮ったときに、他ではあんまり見ないような色んなお衣装を用意してて、撮影スタッフの人たちが『この犯罪者め』って・・・」
響とプロデューサーの顔が青くなった。
「ほら見ろ!やっぱり765プロは変態だったんだ!」
「ちっがーう!せっかくの撮影だったから色んな衣装で写真映りを確かめて今後の方針をだな・・・!」
「そういう理由でやよいに変態なことをしようとしたんだな!」
「妙な勘違いをするな!揃えた衣装はどれも世間的に広く流通してるようなものだ!」
プロデューサーの力説にやよいも大きく相槌を打った。
「あ、そうですね!確かに、スモックなんて幼稚園の時以来でしたけど、ちっちゃい子は普通に着てますもんね!」
「・・・ああ、そう言えばそんなのも用意してたなー」
「ぶるまぁって、私初めてだったんですけど、あずささんが小学生の時は、体操服はこれだったって教えてくれました!」
「・・・そいつはよかったなー」
「あ、でもでもー、ないとめあぶらっど、って、どんな人が着てる服なんですか?」
「・・・は、ハイパーメディアクリエイター、とかかな?」
プロデューサーは両手を上げてすっとぼけた。
「な・・・な・・・」
響はわなわなと握りこぶしを震わせて、
「ナンクルナイザーッ!!」
「へぶしっ!」
凄まじい気迫とともにプロデューサーをアッパーブロウで吹き飛ばす。
「やっぱりやよいは騙されてるんだ!今日こそはハッキリと言わせてもらうぞ!」
今度は響がやよいの両肩を掴み、顔を覗き込む。
「やよい、961プロに来ないか?」
その言葉に、やよいは驚いて固まってしまった。
「えっ!?それってつまり・・・765プロを辞めるってことですか?」
「そうさー!こんな変態事務所にいちゃいけないんだっ。961プロはビルも大きいし、業者が入ってるからもう掃除しなくても済むし、えと、後は・・・と、とにかく!やよいにとってその方がいいんだぞ!」
やよいを説得する響の目は冗談ではなく真剣そのものだった。
しかも、どこか焦っているように感じられる。
「・・・響さん」
その理由は分からなかったが、やよいは小さく首を振った。
「私、響さんのことも、765プロの皆さんのことも大好きです。どっちがいいかなんて分からないですけど・・・765プロの皆さんと離れ離れになるのは寂しいです」
「やよい」
「心配してくださってありがとうございます!でも私、お掃除とかするのも好きだし、色々大変だけど、とーっても楽しいから、大丈夫です!」
「やよいぃ・・・」
今にも泣きそうな顔で、響がやよいに縋りつく。
(随分とやよいにご執心なんだな・・・)
プロデューサーは控え室のタイルの上に寝転んだまま、様子を伺う。
ペット気分で可愛い年下を構っているのかと思っていたが、そういう雰囲気ではないようだ。
(実際に構ってあげていたのはやよいの方だったんだろう。あれでお姉ちゃんだからな、やよいは)
やよいは響の頭をよしよしと撫でていた。
(響はどこか妹っぽい雰囲気があるし・・・いや、本当に兄か姉がいるかもしれないな)
プロデューサーは上半身を起こし、床にあぐらをかいた。
「あいたたた・・・響、そんなにやよいが心配なら、お前が765プロに来たらどうだ?」
「え・・・ええええっ!?」
大声で驚く響。
「それならやよいを守ってやれるだろ?いや、変態事務所なんかじゃないって誤解が解けるかな」
「ほ、本気で言ってるのか・・・?」
含みのある訊き方。プロデューサーはそれを知りつつ、頷いた。
「割と本気だ」
「・・・そんな」
「もちろん、貴音にもな」
響は俯いてしばらく何か考えていたが、やがて小さく首を振りながら、やよいから離れた。
恐ろしいモノからゆっくりと距離を取る小動物のように、力無く。
「それは、ダメだぞ・・・絶対に、ダメなんだ」
「・・・そっか、残念」
「うん。・・・じゃあね、やよい。765プロ」
響は目を合わせることもなく、背を向けて一気に走り去ってしまった。
やよいはしばし呆然とその背中を見送っていたが、やがて気を取り直すと、プロデューサーの手を取って引っ張り上げた。
「もう、プロデューサー、ダメですよ。響さんだって961プロから離れたくないって思ってるかもしれないじゃないですか」
パタパタとプロデューサーの服についたホコリを払いながら、やよいはプロデューサーを叱った。
「・・・そうかな」
「きっとそうです。うー、それに、もし次に誘われたとき私が断りづらくなっちゃいます・・・」
「確かにな。すまん」
プロデューサーはやよいの手を止めさせると、逆にやよいの衣装が汚れていないかどうかをチェック。
「よし、問題ないな」
「そろそろ時間でーす!出場者の皆さんは移動をお願いしまーす!」
スタッフの声が飛ぶ。
「じゃ、力いっぱい歌ってこい」
「はーい!行ってきまーす!」
やよいは大きく手を振って、ステージに向かって走りだした。

その日の夕暮れ。再びスクトゥムが隊を成して岩手の山岳地帯に出現した。
「こんな物があったなんて・・・でも、大きくて使いにくいなぁ」
ボヤきながら、真の操るネーブラは盾でスクトゥムの砲撃をガードする。
普段は両手に武器を持って戦うネーブラが、今日は片手に機体の半分を覆い隠せる程の巨大な盾を装備している。
そのネーブラが囮になっている間に、素早く間合いを詰めたフリゴリスが自慢のスコップで敵を抉り倒した。
『装備は状況に合わせてちゃんと全部使いこなして欲しいんだけどね』
呆れた声で律子が話しかけてくる。
「でもやっぱり、両手が空いてる方が戦いやすいよ」
『ネーブラだってそんなに装甲厚くないんだから、ちゃんと守備を固めることも大事よ。いい機会だと思って練習しなさい』
「ちぇ、厳しいなぁ。律子は」
そう言いながらも、真は雪歩と的確な連携で敵を殲滅した。
「ふぅ・・・大丈夫?真ちゃん」
「こっちは問題ないよ。盾も凄い強度だしね」
『ふっふっふ。"メガイージス"はインベルの積層装甲を参考にして造られた最新式だもの』
得意げな律子。
「ってことは、インベルのおかげか・・・。今日は雪歩にいい所全部取られちゃったね」
「ううん!そんなことないよ!真ちゃんが守ってくれたから、私・・・」
雪歩は頬を僅かに上気させてそう主張した。その時、
ピピピッ
レーダーに反応。ほぼ同時に、2機のコクピットに警告音が流れる。
「この反応は・・・バンナイヌ、響か!」
「え?待って、真ちゃん、反応が増えた!」
「多分、響の使ってる犬だ!気をつけて!」
「・・・・・・え?」
ガションガションガション!
先陣を切って山麓の合間から飛び出してきたのは、バンナイヌの忠実な僕、カーニス。
「わ、わ、ワンちゃんですぅぅぅぅぅ!!」
突然飛び出してきたカーニスにパニックになった雪歩は、フリゴリスを回頭させ全力で逃げ出した。
「ま、待ってよ雪歩!確かにあれは犬型らしいけど全然本物の犬じゃないだろ!?」
「ひぃぃぃぃん!!こ、来ないでくださいぃ!!」
「ああっ、マズい!」
苦手な犬?に追われて逃げるフリゴリスを追うネーブラ。真には一つの確信があった。
全速力で走るフリゴリスはとんでもなく速い。カーニスから走って逃げられるIDOLは恐らく世界中を探してもそう多くはないだろう。
カーニスとフリゴリスの差はどんどん開くばかりだ。だが、
「はぁっ・・・はぅっ・・・」
2分も経たないうちに、フリゴリスの速度が目に見えて遅くなる。
先程の戦闘に加えて、後先を考えない全力逃走。雪歩の体力がついに尽き果ててしまったのだ。
フリゴリスの背に、カーニスの牙が迫る。
「やっぱり!このっ!」
そこへ、間一髪追いついたネーブラがビームガンでカーニスを追い払った。
「ま、真ちゃん・・・」
「大丈夫!?」
盾を構えて、ネーブラはフリゴリスは背後に庇った。雪歩はへばってしまってしばらく動けそうにない。
「ボクがしばらく時間を稼ぐから、雪歩は落ち着いたらすぐに逃げて!」
「は、はいっ。・・・ううっ、ごめんね、真ちゃん」
「気にしないで」
真はビームガンを連射する。右に左に避けようとするカーニスの動きを読み、近づけさせない。
すると、突然カーニスが口を大きく開けた。
ごおおぅっ!!
猛然たる緋が吹き出す!
「うわあああっ!!?」
カーニスが灼熱の塊を吐き出したのだ。構えた盾を乗り越え、灼熱が舌を伸ばしてネーブラのボディを這いずり回る。
炎に対する本能的な恐怖から、真は身を竦ませた。
『落ち着いて!それくらいの炎じゃ機体に大したダメージはないわ!目眩ましよ!』
律子の鋭い声。
「そ、そうは言っても!」
IDOLの全天モニターが仇となった。自分が猛烈な勢いの炎に巻かれているのが見えて、平静でいられる人間はまずいない。
ピピピッ
接近警報。真はビームガンを構えようとするが、いつの間にか取り落としていたようだ。ネーブラの右手が虚しく空に差し出される。
「し、しまっ」
ガキッ!
その右腕をカーニスに喰い付かれた。
「くそっ!」
腕をブンブンと振るが、カーニスは離れない。思い切り蹴り飛ばす。
ネーブラの右腕を半壊させながら、カーニスは大きく吹き飛ばされた。
何とか少し回復したフリゴリスが、ネーブラの右側にフォローに入る。
「真ちゃん!」
「大丈夫!」
心配そうな雪歩に真は笑顔で答えるが、しかしネーブラの右腕は力なく垂れ下がったままだ。
「散々逃げられたけど、今日こそは決着を着けるぞ、真!」
そこへ、ようやく追いついたバンナイヌが足元にカーニスを従える。
「響・・・!」
「ちゃんと手加減するから、コクピットは自分で守るんだぞ!」
響が吠える。
「"カーニス・グラディウス"、フィニッシュアクセス!」
カーニスの口から再び火炎球が吐き出される。だが、その色は緋ではなく輝く皓。目も眩むほどの熱量を持った光球が生み出されたのだ。
光球が宙に漂っているだけでみるみる気温が上昇し、輻射熱で草原が燃え上がっていくのが見えた。
『真、雪歩、早く逃げなさい!』
律子の悲鳴。だが真は動かない。
雪歩はまだ動けない。ここで盾を持つ自分が逃げるわけには行かない。
バンナイヌがネーブラに向かって光球を蹴り飛ばした。
ネーブラは盾で真っ向から光球を受け止める。熱と光が弾けて溢れた。
温度警告。盾の耐熱温度を一瞬で超えるほどの豪熱が暴れ狂う。すぐに盾が溶け始め、続いて、手が、腕が、肩が、そしてボディが融解を始める。
「あ、熱い・・・!」
真は戦慄した。
勘違いかもしれないが、完全に外界と遮断されているはずのコクピットの気温が上昇している。盾どころか、このままでは――
「・・・真ちゃん、こっち!」
光に消え去っていく視界の中、雪歩の声が確かに聞こえた。

「なるほど、土の中か・・・考えたな」
プロデューサーは、律子から送られた戦闘報告書を読みながら夜道を歩く。
バンナイヌの攻撃に襲われたネーブラは、フリゴリスと一緒に土の中へ退避して猛爆をやり過ごした。
ただ土の中へ逃げただけでは蒸し焼きになっていたところだが、ネーブラが盾を使って穴の手前で大熱球を炸裂させていたのが救いだった。
「フォティオには見た目通りの効果もあったと言うわけか。雪歩の穴掘りも伊達じゃないな」
そのまま数十メートルのトンネルを掘り抜けて、2機は戦場を離脱した。
一方、バンナイヌは消えた2機の姿を探してオロオロしている間に、レオリカに回収されて消えたという。
「まったく・・・何やってんだか。自分で攻撃しておいて気に病むぐらいなら、仕掛けなければいいのに」
(貴音はあれからまったく接触してこようとしないが、響には会おうと思えば会えなくは、ない)
プロデューサーはポケットからタバコを取り出した。
やよいを餌にすれば・・・と頭の中で釣竿の先に吊るされたやよいと、それに食いつく響を想像。
「次に会ったらひとつ説教してやるか」
そう言ってライターを取り出し、
「ねこ吉〜、どこ行った〜!・・・って、あ」
「あ」
響との再開は一瞬後だった。
「げげ!な、765プロ・・・っ!」
前と同じく、いきなり背を向けて走りだそうとする響。
「今度ばかりはっ!」
それを素早く追うプロデューサー。響の身柄をどうこうするつもりはなかったが、一言言ってやらなければ気が済まない。
プロデューサーはすぐに響に追いついた。と言うより、響が足を止めたのだ。
「・・・ん?」
肩を掴もうとして、やめた。
「な、何の用だよ!」
響は振り返り、涙目になりながらこちらを睨んで精一杯の虚勢を張る。
怯えている。
(やれやれ・・・ま、いつもと違って周りには誰もいないしな)
仕事先では顔を合わせようと手が出せるわけがない。しかし今は違う。
響が怯えているのは、まだプロデューサーのことを敵と認識している証拠だ。
プロデューサーは心の中でため息を吐いた。
「お前こそ、こんなトコで何やってんだ」
「ね、ねこ吉がいなくなっちゃって・・・それで、探してたんだぞ。悪いか!」
最後はやけくそになって無駄に噛み付いてくる。まるで状況に混乱した迷いネコのようだ。
「なるほど、な」
(それで逃げるのを諦めたわけか)
この辺で見失ったのだとすれば、プロデューサーから逃げている間に本当に見つからなくなってしまうかもしれない。
響の足を止めさせたのは、その恐怖だ。
プロデューサーに何かされるかもしれない恐怖より、ペットとの別れのほうが怖いのだ。彼女にとっては。
「自分、お前なんかに構ってる暇は・・・!」
「特徴は」
「えっ?」
「特徴。ねこ吉くんの」
「え?え?えっと・・・白くて、耳がとんがってて、背中の方に黒いブチがあって・・・」
「オーライ。子猫か?」
「い、いや、もう大人だぞ」
「この辺りで居なくなったんだな。ねこ吉〜ねこ吉く〜ん」
「・・・・・・」
しばらく呆然としていたプロデューサーの行動を見ていた響だが、やがてプロデューサーとは別方向に向かって歩きながらねこ吉の名前を呼び始める。
そのまま20分経ったが、ねこ吉はおろか野良猫一匹姿を見ることはなかった。
「ねこ吉・・・自分を見捨ててどっか行っちゃったのかな・・・」
涙目になりながら、響はウロウロしている。
「まだ諦めるなよ。名前を呼び続けろ。猫は外では飼い主を認識できない場合が多い。名前を呼んだり・・・何か好物とか玩具で興味を引くんだ」
「自分、散歩に来ただけだから、持ってないぞ・・・」
「散歩って、元野良なのか?」
「そうだぞ。だから、外には慣れてるはずなんだ」
「・・・だとしたら、気まぐれでどこかに行ったんじゃないか。兄弟のところとか、さ」
ぶんぶん、と響は首を振った。
「ねこ吉にはもう親も兄弟もいないんだ。一人ぼっちなんだよ」
「そう、か」
「だから、自分が・・・」
「・・・・・・」
何か言葉をかけようとしたプロデューサーの視界の端で、白い影が動いた。
「・・・あ、おい、あそこ!白いのがいたぞ」
「え!?ほ、ホントか!」
「落ち着け。慌てて追うと逃げられる。名前を呼びながらゆっくり近づけ」
「う、うん!ね、ねこ吉〜・・・」
響がそろーっと近づくと、にゃー、と気の抜けるような声を上げながら白い猫が出てきた。響の言っていたとおり、背中にだけ黒斑がある。
「・・・えいっ、ねこ吉!」
足元に近づいてきたねこ吉を、響は素早く抱き上げた。もう離すまいと、ぎゅっと抱きしめる。
んなー、とねこ吉が不満そうな声を漏らした。
「そんなことしてるとまた逃げられるぞ」
「あわわっ、ゴメンな、ねこ吉!」
にゃ。
力を緩めると、ねこ吉がそんな返事をした。そのまま響の腕の中で、ゴロン、と器用に態勢を変え、体を預けて寝こけ始める。
「・・・やれやれ、呑気なものだな。これだから猫は・・・」
「えへへ・・・」
プロデューサーは呆れていたが、目を赤くしながら幸せそうにねこ吉を抱きしめる響を見て、それ以上何も言わなかった。
二人はベンチに並んで腰掛ける。姿勢が安定したねこ吉は、ますます深く寝入ってしまったようだ。
「これじゃ、しばらく動けないぞ・・・」
と、嬉しそうな響。
「ほー、俺から逃げなくていいのか」
「あっ、あれは!・・・その、ゴメン」
「はは、冗談だ」
プロデューサーは笑って手を振った。
「それより、ちょっと話が聞きたい。・・・何でお前たちは、モンデンキントと戦おうとする」
「・・・自分は、沖縄で黒井社長にスカウトされたんだ。貴音もどこかで黒井社長にスカウトされたみたい。その時に、条件としてIDOLに乗るように言われたんだ」
「だからって、お前たち、分かってるのか?モンデンキントを敵に回すってことは、世界を敵に回すことだ」
「黒井社長には自分を見出してくれた恩があるし、それに、モンデンキントを倒すことがみんなのためになるんだぞ!」
「どういう意味だ・・・?」
トゥリアビータの声明にあった、『人類に対する罪』という言葉が頭を過る。
「・・・えーと、あはは、ゴメン。実は、自分もよく分かんなくなってきてるんだ。黒井社長はモンデンキントは悪の組織だーって言ってたけど、765プロはそうじゃないみたいだぞ。ハム蔵も、ねこ吉も見つけてくれたし・・・」
「それは・・・たまたまだ」
プロデューサーは頭を振った。
「黒井社長は、何故モンデンキントを悪だと言う」
「それは、言っちゃいけないんだ」
「響・・・!」
響は目を瞑って、プロデューサーを見ないようにしている。
「ダメなんだ・・・トゥリアビータに入らないと、教えられない。きっと信じてもらえない」
「信じるか信じないかは、教えてもらわなきゃ分からないだろ」
「もし765プロが知らないんだとしたら、モンデンキントにいるままそれを知っちゃいけないんだ。もし765プロがそれを知っててモンデンキントにいるなら、自分は・・・」
閉じた目から、抑えきれなくなった涙が零れ落ちる。
「もう、誰も信じられないよ・・・」
悲痛な声。プロデューサーには、響をそれ以上詰問することは出来なかった。
「・・・分かったよ」
(自分で調べるしかない・・・ということか。モンデンキントも、疑って掛かるしかないのか)
プロデューサーはこめかみを押さえた。
「でも、やっぱり俺達への攻撃は止めない、と」
「真たちのことを傷つける気はないぞ!とりあえず、IDOLさえ活動停止に出来ればそれでいいんだ」
「その割には、今日は危なかったようだが」
「ちゃ、ちゃんと手加減はしたぞ」
プロデューサーは背筋に寒いものを感じた。
(あれで手加減・・・?どんだけ馬鹿げた性能してやがる)
「自分も、貴音も、真たちを傷つけたいわけじゃない。本当なら、IDOLから降りてほしいんだ!それだけは・・・信じて欲しいぞ」
「・・・分かったよ」
プロデューサーはベンチから立ち上がった。
「今後はもっとお手柔らかに頼むぜ」
「う、うん」
(今はこれしかない)
目的は変わらない。とにかく、情報を集めるための時間が必要だ。
そのためには、手加減をしながら響と貴音との戦いをずるずると続けるしかない。
あまりに響たちが消極的すぎると、黒井社長が次の手駒を用意する可能性もある。今度は、話も聞かずに春香たちを殺しに来るような奴が乗るIDOLかもしれない。
今は、平衡的な敵対関係を維持しなければ。プロデューサーはそう判断した。
「そう言えば、さっき沖縄でスカウトされたって言ってたな。家族とは別なのか」
「そうだぞ。今は一人で暮らしてて・・・と言っても、いぬ美やハム蔵、ねこ吉たちと一緒だけどな!」
にぱっ、と涙の残る顔で笑みを作る響。
(寂しん坊め)
心の中で思ったが、口には出さず、プロデューサーも微笑む。
「そう言えば、プロデューサーって、ちょっとウチの兄貴に似てるぞ」
「あー、やっぱ妹キャラか・・・」
「ふぇ?何か言ったか?」
プロデューサーは苦笑して、何でもない、と背中を向けた。
「じゃあ、俺はそろそろ行くよ。お前も早く帰れよ」
「な、765プロ!」
「・・・いい加減名前で呼べよ」
「今日、765プロに来ないかって言われたのは・・・仲間になろうって言われたことは、嬉しかったぞ!」
思わず振り返ったプロデューサーが見たのは、ねこ吉を抱えて走っていく響の後ろ姿。
(仲間、ね。黒井の野郎は・・・そんなこと言うわけないか)
徐々に遠ざかっていくポニーテールを、複雑な気持ちでプロデューサーは見送った。

それから数日後。
「あれ?」
IDOLの整備ドックにやってきたプロデューサーを見かけて、律子は首を傾げた。
「おはようございます、プロデューサー。今日はやよいと一緒に地方ロケじゃなかったんですか?」
「律子か。おはようさん。どうしても仕事が片付かなくてな。新幹線で追いかける予定だ。こいつは差し入れ」
「ありがとうございます。・・・で、その余分な経費はどこから出すんです?」
律子の目がスッ、と細くなった。
未だに765プロの会計預かりは律子の役目である。
「モンデンキントの仕事で遅れるんだ、こっちに支払ってもらうさ」
「そうですか。まあ、それならいいんですけど・・・そんな理由でお金出してくれるんですか?」
「まあそこはちょちょいのちょい、とな。なに、国家予算クラスの金がつぎ込んであるんだ。1人分の新幹線代くらい誤差みたいなもんだろう」
「それ、問題発言ですよ」
律子はブラックコーヒーを啜って、差し入れのドーナツを一口かじった。
「経費と言えば・・・整備部と開発部がごっそり予算を取っていくって社長が泣いてたぞ」
「全部必要経費ですから」
「ははは、厳しいな」
「当然です。・・・満足な整備も改良もできなきゃ、皆の命に関わることですし」
「そうだな。頼りにしてる」
律子は少し固い表情で頷いた。
「さて、じゃあ俺はそろそろやよいを追いかけて――」
ビーッ ビーッ
基地の警報音と、プロデューサーの通信機が鳴り出すのはどちらが早かったか。
「アンドラムか。場所は?」
「ちょっと待って」
律子は素早くデスク上のモニタを司令室のものとリンクさせる。
「場所は・・・静岡県富士宮市付近」
プロデューサーはこめかみを押さえた。
乗る予定だった東海道新幹線はこれで一時ストップが確定した。ダイヤ乱れで席が取れるかどうかも怪しくなるだろう。
「今日は春香だったな」
「ええ。サブパイロットは伊織だけど・・・」
モニタ上にトゥリアビータの出現リスクは高と表示されている。今日は貴音も響も出てくる可能性が高い。
「・・・とりあえずインベルなら2対1でも逃げられるだろう。今後はできればサブの負担を軽減する方向で調整したい」
「分かりました」
律子がプロデューサーの提案を司令室に伝えると、即座にOKが返ってきた。
あまりの早さにプロデューサーは苦笑。
「風通しの良い職場なのはいいんだが、仮にも軍事組織としてこれでいいのか時々迷うよ」
「いいんじゃない?結局、敵も味方も謎の兵器なんですから。何が起こるか分からない以上、頭が固くて動きが鈍るよりいいと私は思いますよ」
いつも裏方に回っている律子らしい率直な意見だった。
3分と待たず、出撃ハッチに春香が現れる。
基地から出撃する場合、IDOLはここから大型エレベータで外の滑走路まで運ばれることになる。
プロデューサーは、すっかりパイロットスーツが馴染んできた春香に手を振った。
「おーい!春香ー!」
「ぷ、プロデューサーさん!?」
「あまり無理せず頑張ってこーい!転ぶなよー!」
デッキのあちこちから笑い声。
「も、もう!酷いです!」
春香は真っ赤になってそっぽを向いた。
他にも春香に声をかける者は少なくない。皆一瞬一瞬作業の手をとめ、それぞれにアイドルを見送っているのだ。
プロデューサーも苦笑して春香に手を振りながら、現場の空気を感じ取る。
(いい雰囲気だな)
いつ終わるとも知れない戦場の最前線にあって、アイドルがパイロットとして頑張れるのは、やはり他のスタッフが心の支えになっている部分が大きいのだろう。
(・・・頼んだぞ)
斜めにせり上がっていく大型エレベータを見送りながら、プロデューサーは心の中でエールを送った。

「敵はスクトゥム3、ミレス12・・・ま、インベルの敵じゃないわね」
律子は余裕綽々でドーナツをくわえた。
コンソール上にはインベルの状態がリアルタイムでモニタリングされている。
「スクトゥム相手に随分と安定するようになったな」
「ビームコーティングと、春香の努力のおかげです」
春香の操るインベルはスクトゥムのビーム砲を「受け流しつつ」接敵、バリアごとその拳で打ち砕く。
「・・・プロデューサーがIDOLのこと嫌いなのは知ってますけど、たまにはちゃんと見てあげてくださいよ」
「耳が痛いよ」
ぎゅうううううっ
律子はプロデューサーの耳を引っ張った。
「いてててて!」
「どうです?ちゃんと痛くなったでしょ」
「何すんだよ、律子」
「プロデューサー、全然反省してませんね?確かにアイドルをプロデュースするのがプロデューサーのお仕事ですけど、今のプロデューサーは戦闘で傷ついたアイドルの心のケアも仕事の内なんですからね」
「・・・分かってるよ。そんなことは」
画面を睨むように見つめるプロデューサーの物言いたげな横顔に、律子はこっそりとため息。
(彼女たちのためには、IDOLから降ろすのが一番だ!とでも言いたげな顔ね・・・まあ実際いつも言ってるか)
コーヒーを一口飲んで、
(私やあずささんがアイドル活動を休止することになった時も大分揉めたからなぁ)
プロデューサーの横顔を見上げる。
(私たちのことを大切に思ってくれてるのはありがたいんだけど、融通がきかないというか何と言うか・・・)
「ん?何だ?ジロジロと」
「えっ?」
急に視線が絡みあい、びっくりした律子はマグカップを落としそうになる。
「おっと」
プロデューサーは律子の手を包み込むように支え、マグカップを掴んだ。
「おいおい、気をつけろよ」
「あ、ありがとう・・・」
マグカップは優しくデスクの上に戻され、二人の手は離れる。
律子はプロデューサーに触れた部分を押さえ、少し赤くなって下を向いた。
「どうした?火傷でもしたか?」
「い、いえ、別に?私は大丈夫です」
律子は誤魔化すようにコンソールをかちゃかちゃと適当にいじる。
火傷をしたようにじんわりと熱くなっているのは、胸の奥の方だった。
ピピピピッ!
インベルが敵の数を半分まで減らしたところで、新たな反応が出現した。
「!来たわね」
「トゥリアビータか・・・」
予想通り、バンナイヌとレオリカが現れた。
この後お互いがアンドラムの残党を片付け、僅かな睨み合いもなくインベルが逃走して今日は終わり。
そしてまた、何事もなかったように明日が始まるのだ。
「え、何・・・この異常な数値・・・」
そのはずだった。
「サイムトリア値上昇!パターンが・・・今までのものと違う!」
「何ぃ!?」
今までに一度、似たような状況があった。それはすなわち――
『新型!?』

(やっぱり・・・強い)
春香はインベルを操り戦いながら、響と貴音の動きを観察していた。
バンナイヌとレオリカは圧倒的な勢いで敵を喰らい尽くしていく。2機による攻撃は、あのスクトゥムのバリアさえ容易く貫く威力だ。
(もし戦ったら、インベルなら勝てるのかな・・・)
流石のインベルと言えども、あの2機の攻撃をまともにくらって無事では済まないだろう。
防御するか、躱すか、とにかく耐えて接近しなければ話にならない。
飛べる上に動きの速いレオリカに対してはどうするか――
(って、何考えてんの私!)
春香は雑念を振り払った。
戦いたいわけじゃない。でも、戦いたくないわけでもない。戦えないのは――
(こんなこと考えたら、プロデューサーさんが悲しむよね・・・)
憧れの人の辛そうな顔を思い浮かべて、春香は心を痛める。
『春香!聞こえるか!』
「はひゃい!」
突然憧れの人が通信にがなり立ててきた。
『アンドラムがまた出現するぞ。場所は同じ、だが、次はおそらく新型だ』
「新型・・・」
春香は背筋に冷たいものを感じた。
スクトゥム相手に敗戦を喫したことは忘れたくても忘れられない記憶だ。もしあの時雪歩がいなければ、どうなっていたか分からない。
『響、貴音。お前たちの方でも把握していると思うが、敵の新型と思われる反応があった。ここは一時休戦して、協力して撃破してくれ』
IDOL間の通信は相手に届いているはずだ。しかし響・貴音から返事はなかった。
その代わり、バンナイヌとレオリカはインベルを攻撃せず、敵の攻撃に備えるように互いに背中を合わせた。
『・・・感謝する』
プロデューサーからの通信は途切れた。
「ありがとう。響ちゃん、貴音さん」
春香も礼を伝えると、インベルも2機と背中合わせになるように立たせる。
「えへへ、混ぜてもらうねっ」
バンナイヌとレオリカは僅かに背を開き、3機が三方を睨む形となった。
(・・・うん、怖くない)
強力なライバルに背を預け、春香は背筋の冷たさが熱で薄らいでいくのを感じた。
(いつもはにらみ合っているのに、何だか不思議な気分)
ステージ上では完璧なダンスと圧倒的なボーカルを披露する響と貴音。
テレビで見る彼女たちは常にカッコよく、クールで、隙がない。
だが、プロデューサーが言うには、普段はまったくそんなことはないらしい。
(普段はどんなことをしてるのかな。どんな気持ちでIDOLに乗ってるのかな。・・・今、どんな顔をしてるのかな)
――知りたい。
空が歪み、新たに2体の人形が宙に現れた。

「敵影確認したわ!数、2機!新型よ」
スペードをひっくり返したような形のボディに、半月刃に見える巨大な頭部。腕に当たる部位のない、今までのアンドラムと一風変わった造形だ。
「・・・飛んでる?」
プロデューサーは顎に手を当てた。
新型は地上から50メートル以上はある中空に佇んでいる。
元々アンドラムは何らかの原理で常に浮遊している。普通に考えれば、そのまま100メートルでも200メートルでも浮き上がれそうなものだが、今までのアンドラムはそれをしなかった。
「飛行タイプでしょうか?それにしてはまるで的みたいな動きですけど・・・」
「まずはレオリカで射撃して――」
作戦を検討している内に、モニタの向こうで新型2機が突然横倒しになった。その瞬間、
ふぃぃぃんっ!
不快な効果音を残し、2機の姿が掻き消える。
『え?』
それは誰の声だったか。
続いて、レオリカとインベルが爆炎に包まれた。
慌てて周囲を探るカメラの端々に、新型の残影が滑りこむ。しかし、あまりの速度に動きを捉えることが出来ない。
「何が起こった!?」
「今解析中です!」
口論の様に飛ばし合いつつ、プロデューサーと律子は解析結果に目を走らせる。
分かったのは、敵が高速で移動し、何らかの攻撃を仕掛けてきたこと。レオリカとインベルが偶然バンナイヌを庇うような形で、無防備にその攻撃を食らったことである。
「ワープ・・・じゃないわね、単純な高速飛行・・・それにしたってあの一瞬であの加速・・・!?」
偵察機の映像は辛うじて敵の1機に動きを追い続けていた。
高速戦闘機をあざ笑うかのような急加速、とてつもない最高速を維持したままの旋回、地面に響く程の衝撃波を伴なう停止。
例えゴジラが操縦手だとしても死んでいるだろう。そう思わせるほどの凄まじい挙動で飛び回っている。
『この未確認兵器をファルクスと仮称します』
珍しく緊張したあずさの声。
『律子さん、ファルクスについて分かったことがあれば、報告お願いします』
「敵は"超"高速飛行タイプね。急加速・急減速・急旋回が可能。金属片のようなものを飛ばして攻撃しているわ」
「金属片?」
意外な攻撃方法に、プロデューサー。
「あくまで見た目の話よ。大きさは数メートル四方。対象に命中すると爆発する仕組みね」
律子は録画した映像をスローで再生して見せながら、画面に映る"金属片"を指した。
「さしずめ、アンドラム式ミサイルってとこか」
「そうね。あと・・・あ、バルカンも武装に追加」
モニタ上では、防御を固める3機に対しファルクスがバルカンで追い立てていた。
「とにかくミサイルが厄介だな・・・装甲にかなりのダメージを負ってる」
鋭い刃で装甲に食い込み、爆発でダメージを広げるミサイル。装甲自慢だが動きの遅いインベルにとっては天敵と言っても差し支えない敵のようだ。
「何とか躱せないか?」
「はっきり言って、無理ね。発射された後、空中で軌道が1回以上変化してる。多分自律式で目標に向かって飛べるんだと思う」
「・・・伊織を出す。ミサイルにさえ気をつければ高速戦でも勝ち目は――」
プロデューサーはそこで、はた、と気づいた。
「おい、もう1機はどこに行った・・・!?」
偵察機が追いかけ続けているファルクスは1機。もう1機は映像の端にすら確認できない。
「え?・・・し、司令室!もう1機のファルクスはどこにいるの!?」
律子も青ざめて通信機に大声をぶつけた。
『レーダーの記録・・・出現直後に逃走?』
「今どこにいる!」
『か、確認しました!南西に向けて移動中です!』
プロデューサーは机を叩いた。
「クソッタレ!誰か追えるか!?・・・貴音!」

『貴音!』
通信機から「あの方」の声がする。
「・・・・・・っ」
これ以上聞きたくない声。ずっと呼んでいて欲しい声。
貴音は葛藤の中動けずにいた。なぜなら。
『まったく、響だ貴音だと馴れ馴れしい・・・。これだから765プロの連中は』
モンデンキント側には傍受できない通信から、黒井社長の冷たい声が響く。
『行く必要はないからね?貴音ちゃん。もっとも、その損傷じゃ追いつくのは難しいだろうけど』
レモティオ抜きでもかなり強靭な装甲を持つレオリカだが、最初の一撃の当たり所が悪かったのか、機体全体のエネルギーバランスを崩していた。
今はレモティオを展開し敵の攻撃に耐えるだけで精一杯なのである。
『響ちゃんと協力してそいつだけ倒して帰ってきたまえ。そうそう、そこの「でくのぼう」もちゃんと片付けてくるんだよ。盾にするって手も悪くないねぇ。くっくっく』
「黒井殿!あなたは・・・!」
『おやおや、私のやり方に文句があるのかい?知っているだろう、これは全て「奴らの身から出た錆」なんだ。我々の目的はモンデンキントを倒すことだけだよ』
「・・・分かって、います」
『それならいいんだ。じゃあ、やるべきことをやりたまえ』
黒井との通信は途切れた。
貴音は両手で顔を覆った。
「貴音・・・自分たち、どうしたらいいんだ?」
響が弱りきった声で問う。貴音は気丈さを必死に絞り出した。
「逃げた1機は、水瀬伊織に任せましょう」
「でも、まだ出撃に時間がかかってるみたいなんだ!その間に誰か襲われたら・・・」
「・・・・・・」
響の心配は分かる。その気持ちは貴音も同じだった。モンデンキント討つべしという誓いに揺らぎはないが、そのために無辜の人間を見捨てるのは間違っている。
だけど。
「わたくしにも分からないのです。本当にこれで正しいのかどうか・・・」
「貴音?」
「もう、動けないのです。私は、もう・・・」
貴音が泣いている気配を感じ、響は息を飲んだ。

「春香、大丈夫か!」
『は、はい・・・なんとか』
「すぐに援護を出す!それまで持ちこたえてくれ!」
インベルはかつてスクトゥムと死闘を演じた時よりさらに満身創痍だった。
ミサイルは弾体を補充する必要があるのか一定時間置きにしか撃ってこなかったが、インベルへのダメージは確実に蓄積されていく。いまや低威力のバルカンにさえ装甲は悲鳴を上げ始めている。
それでも春香は1発でも多くミサイルを避け、あるいは地形を盾に耐え続ける。1分1秒でも長く戦場に立つための必死の努力を続けていた。
だがそれも、いずれ絶望的な結果しか待っていないのは目に見えている。
返答がないため状況は不明だが、レオリカは最初の一撃で重大なダメージを受けてしまったのか、レモティオを展開したまま動かない。バンナイヌもミサイルをいなすだけで精一杯の様子だ。
比較的損傷の浅いバンナイヌだが、速度が遅くファルクスに追いつけるかどうかは分からない。どうしてもレオリカやヌービアムのような高速機動タイプが必要だった。
「伊織はまだ出せないのか!?」
プロデューサーは声を張り上げる。
「ヌービアムの調整に時間がかかってるんです!」
律子も負けじと言い返す。
「遅すぎるだろ!」
「新型に合わせた調整です!それとも、わざわざ撃墜されるために出す気ですか!?」
「くそっ・・・どっちにしても相手にできるのは1機・・・先に逃げた方をヌービアムに追わせないとダメだ。だが、そうすると他のアイドルにも連絡を取らないと春香たちが・・・!」
だが、雪歩、真、亜美真美には外せない仕事が入っている。もちろん仲間の命と天秤に掛けるべきものではないが、激戦の合間の貴重な仕事である。決して簡単に放り出していいものではない。
プロデューサーは逡巡する。
その時、プロデューサーの仕事用携帯電話が鳴った。
「誰だこの忙しい時に・・・!」
プロデューサーは咄嗟に電源を切ろうとしたが、携帯電話の液晶に浮かんでいる『高槻やよい』の文字を見て手を止めた。
(あのやよいが携帯電話で連絡・・・?)
携帯電話は事務所が貸与したもので、当然通信料は事務所持ちである。だが、根っからの倹約家であるやよいはそう簡単に通話を使ったりはしない。
ただ事じゃないと判断したプロデューサーは、即座に通話ボタンを押す。
「やよいか?どうした」
『プロデューサー・・・助けてくださいぃ・・・』
電話口の向こうでやよいが泣いていた。プロデューサーの心拍数が跳ね上がる。
「何があった!?」
『・・・そ、それが、ひっく、分からないんですー・・・』
「分からない!?・・・い、いや、とにかく落ち着いて、最初から何があったか話してくれ」
『はい、ロケバスで、スタッフの皆さんと移動してたんですけど、高速道路で急にどかーんっ、て音がして・・・』
「どかーん?」
『気がついたら、バスが横に倒れてて、皆さんが、血だらけで・・・』
そこでまた、やよいの声が上ずり始める。
「分かった。事故があったんだな。やよい、まずは落ち着くんだ」
『はいぃ・・・ぐすっ』
「やよいはどこか怪我してないか?」
『私は大丈夫です。隣にいたメイクさんが、私を庇って、それで・・・』
「痛く感じなくても怪我をしてる可能性はある。とりあえず血はでてないか?」
『は、はい・・・えと、大丈夫みたいです』
「他に動けそうな人はいるか?声をかけて」
『は、はい。あのーっ、皆さんの中で、動ける人、いますかーっ?』
やよいらしい突き抜けた大声。
『何人か大丈夫みたいですっ』
「よし、じゃあ手分けして荷物から薬箱とかタオルとか水とか・・・使えそうなものは全部引っ張り出せ」
『はいっ!』
「ガラスが刺さっててる人には抜かないように伝えろ。傷口から心臓に近い血管を押さえれば出血はとりあえず止まる。腕なら脇、足なら内側の太ももの付け根だ。救助はすぐに行くから、お前が皆を励ましてやれ」
『はい!分かりました!』
だんだんとやよいの声に元気が戻ってきた。プロデューサーは胸をなで下ろす。
「重傷の人がいたらすぐに伝えろ。あ、電話は切るなよ」
『はーい!わかってまーす!』
通話状態のまま、やよいやその他のスタッフが声を掛け合っている様子だけが聞こえてくるようになった。
「やよい、どうかしたんですか?」
キーボードを打ち続けながら、心配そうな律子。
「詳しくはわからないが、事故に巻き込まれたらしい。すぐにレスキュー隊を・・・」
『はわっ!!プロデューサーっっ!!』
今度は律子にもハッキリと聞こえるやよいの大声。
「どうした!」
プロデューサーは急いで携帯電話を耳に当てる。
『そ、外に・・・アンドラムが・・・きゃーっ!?』
やよいの悲鳴は爆音にかき消された。
「やよい!?やよいーっ!!」
プロデューサーの呼び掛けに、しかしやよいが応えることはなかった。
状況から考えて、逃げたもう1機のファルクスの攻撃に曝されているのは明らかだ。
電話は空しく通話状態を維持している。プロデューサーは必死にやよいを呼びつづけた。
悲痛なプロデューサーの声に急き立てられるように、律子も司令室に声を飛ばす。
「あずささん!レスキュー隊は出せないんですか!?」
『・・・ダメよ、律子さん。今出せば、ファルクスに襲われてしまうわ』
あずさの返答は非情だった。
アンドラムの攻撃目標は動物のように大雑把で、基本的に大きい建物、飛行物体、群集である。レスキュー隊のヘリなど格好の的でしかない。
「それは分かってます!でも!」
『今は信じるしかないわ。私だって辛いんです・・・!』
「誰でもいい!誰かやよいを、助けてくれ!!」
半泣きになったプロデューサーの叫び声。すると、
『やよい!?やよいがどうかしたのか!?』
通信に飛び込んできたのは響の声だった。

『響か!?逃走した新型1機が東名高速道路を襲ってる!その中にやよいもいるんだ!』
「やよいが・・・!?」
『お前たちが黒井社長に言われていることは大体察しがつく!だが・・・今はお前に頼むしかないんだ!』
『ヌービアムはまだなの!?あと3分!?遅すぎる、1分で何とかして!』
律子の声が通信に混じる。
『もう時間がない!やよいを・・・皆を守ってくれ!』
プロデューサーの懇願。
「響ちゃん、行って!ここは私が持ちこたえるから!」
春香も、何とか敵の注意を自分に引きつけようとしている。いつ撃墜されてもおかしくないような状態のインベルで。
響は、レモティオを展開したまま蹲っているレオリカを見た。
貴音は震えて動けない。
いつでも毅然としていて、しっかりを周りを見て判断できる、頼れる同期。961プロの中でも、唯一と言っていい心を許せる相手。いずれステージの上で勝負を決しなければならないが、今はまだ一緒に歩いていける、仲間。
人前で泣き言を言うタイプではないと思っていた。いや、
(・・・勝手に、そう決めつけてただけだったんだな)
仕事でも私事でも、何かあれば貴音に頼っていた。しかし今は、自分が動かなければ、誰も助けられない。
(貴音・・・頼ってばっかでゴメンな。それと、いつもありがとう)
響は心の中で礼を述べると、表情を切り替えて自分の心の中に集中した。
「自分で・・・変えるって決めたんだ!」
響は今まで扱えなかった新たな力を呼び起こす。
大空を舞う鳥のイメージを膨れ上がらせて、その名を呼んだ。
「プラグイン、プシッタクス・マンテルム!」
バンナイヌの肩から背中にかけて付着していた茶色のパーツが解きほぐれ、巨大な鳥類の姿に変化した。
その大きさたるや、最小サイズのIDOLに匹敵する程である。
逆に、その鳥を解き放つことで、バンナイヌはいくらかほっそりとした本来のフォルムに戻った。
「行くよ。これが自分の道だ!」
バンナイヌが両足のブーストで飛び立つと、プシッタクスがその背中に掴みかかった。そのまま融合するように合体する。
次の瞬間、凄まじい加速音だけを残してバンナイヌは大空の彼方に消え去った。
「響・・・」
大鳥の飛び去った蒼空を見上げ、貴音はポツリと呟いた。
「響は、自分の道を自分で見つけることができたのですね・・・」
黒井社長の指示に逆らい、自分の意志で飛び立った響を羨ましく思う。
それに比べて、翼をもがれ、こうして地で蹲っていることしか出来ない自分の何と惨めなことだろう。
「私は、道を見つけることもできず、選ぶ勇気さえもない・・・」
「貴音さん、危ない!!」
春香の声。茫洋としていた貴音は、ファルクスの次なる行動に対する反応が遅れた。
ズガシィィィィッ!!
「きゃああああああああああっ!?」
レオリカはレモティオを展開したまま大きく引きずられ、跳ね飛ばされた。
突撃。それはもっとも単純な物理攻撃である。
だが、ファルクスほどの速度を持つ物体の衝突は、下手なビームや爆撃より遥かに高い攻撃力を持つ。
ミサイルが効かないと判断したのか、ファルクスは高速飛行で頭部の半月刃を叩きつけるように体当りしたのだ。
その一撃にすらレモティオは耐えたが、吹き飛ばされた衝撃はレオリカにダメージを与える。
そして、
「ああっ・・・」
ついにレオリカはレモティオを展開する力さえも失った。
(ここまで、ですか・・・)
レオリカの前方上空をフォルクスが旋回している。
表情さえないアンドラムが、もう一度自分に突撃を仕掛けようとしているのが、何故か理解できた。
(何も成せないまま、終わる・・・でも、これで、これでやっと、終わることができるのですね・・・)
貴音は膝を屈した。
「させない・・・!」
だが、インベルはレオリカの前に敢然と立ちはだかった。
気力を失った貴音を背に庇い、春香は真っ直ぐに立っていた。
両手を大きく広げ、不動の構えでファルクスを待ち受ける。
「天海春香!?無茶です、早く逃げなさい!」
「私は、絶対に諦めない。皆と一緒に頑張るって決めたから」
「!」
「だから貴音さんも、諦めないで!」
『やめろ・・・春香!やめるんだ!』
プロデューサーの声にも、春香は頑として動かなかった。
ふぃぃぃんっ!
ファルクスはミサイルを放つと同時、最大加速で突撃した。
(例え私が・・・死んじゃうとしても、受け止めてみせる・・・!お願い、インベル!)
燦めきながら迫り来る金属片はすでに眼中に無く。猛然と迫り来る本体にのみ意識を集中。
ミサイルの爆炎によりアラートが3倍に増えたが、全て無視して視界から消し去る。
半月刃がゆっくりと、眼前いっぱいに広がって行き――
ガギィィィィィィッ!!
インベルの巨体とファルクスの最高速が激突した。
インベルは胸部で半月刃を受け止め、その胴体が二分される前にファルクスの頭を掴んだ。
なおも加速を続けるファルクスにインベルは一歩下がり、二歩下がり、その度に刃が装甲に食い込んでいく。
三歩目で、ついにインベルは傷口から火花と煙を噴き上げた。
「天海春香!」
貴音の絶叫。
そして、ついにインベルの動きが止まる。
沈黙。そして、
ふぃぃぃんっ!ふぃぃぃんっ!
鳴り響く機械音は、まるでファルクスの悲鳴のようであった。しかし、2機はがっちりと組み合ったまま微塵も動かない。
――インベルが敵の高速飛行体をついに押さえ込んだのだ。
『今だねぇ』
通信機から黒井社長の声がする。
『でくのぼうにしては頑張ったじゃないか。貴音ちゃん、そいつごと後ろから貫くんだ。それぐらいはできるだろう?』
貴音は黒井社長の言葉に反応することもなく、ただ、信じられないものを見るような目で眼前の光景を眺めていた。
だが、それも僅かの間。
貴音の目に、光が戻った。
「・・・立ちなさい、レオリカ」
厳とした声で命ずる。
「立つのです。さあ」
貴音の声に導かれるように、レオリカもまた急速に力を取り戻していた。
(各部チェック・・・損傷は甚大。ですが)
レオリカに溢れるエネルギーだけはかつてないほどに高まっている。
「ウェヌス、最大出力」
そのエネルギーを全て右手の槍に収束させる。
「朋を傷つけるものは、誰であろうと許しません」
レオリカは光槍を振るった。
敵を抑えこむインベルの脇を抜け、ファルクスの胴体の中心を正確無比に貫く。
その反動でついに力尽きたか、役目を果たしたインベルはその場に崩れ落ちた。
レオリカはそのまま槍を真上にファルクスを持ち上げた。
「・・・消え去りなさいっ!」
閃光。
否、"閃"などという言葉は似つかわしくないほどの巨大の光の柱が、天地を繋いだ。
極太の光の奔流に飲み込まれてファルクスは爆散。塵も残さず消滅した。
「天海春香」
戦闘を終えたレオリカはインベルを支え起こす。
春香からの応答はなし。だが、
『バイタルチェック完了。・・・気絶してるだけみたいね』
律子が通信を繋ぐ。
『ついでにうちのプロデューサー殿も向こうで放心してるわ』
「ふふっ・・・では、天海春香と、プロデューサー殿にお伝え下さい」
貴音はスッキリとした清々しい表情で、こう言った。
「全ての決着は、いずれ正々堂々と行ないましょう。最大限の敬意と、感謝をもって」
『・・・伝えておくわ』
レオリカはインベルをそっとその場に横たえると、バンナイヌを追って蒼空へと――飛び立った。

その頃、逃げた1機を追っていた響は、粉塵と煙炎にまみれた高速道路と、その上空をゆっくり旋回するファルクスの姿を見つけていた。
しかし、バンナイヌが現れた途端、ファルクスは最高速状態に戻る。
「カーニス!」
嫌な予感に従い、響は即座に右足から切り離したカーニスを空中から蹴り飛ばすように放った。
ファルクスはバンナイヌでなく、高速道路の車や人々目がけてミサイルを撃っていた。
間一髪、カーニスがミサイルをたたき落としながら、その体でミサイルの直撃を全て受け止める。
カーニスは吹き飛ばされ、地面に激しく叩きつけられた。
響はカーニスの元に着陸し、倒れ伏した忠犬にそっと触れる。状態走査。
「・・・うん、大丈夫。ありがとう、カーニス。休んでていいぞ」
IDOLが現れたことで、車内に隠れていた人達が次々と逃げ始めた。
響は逃げ惑う群衆を背に庇い、ファルクスと対峙する。
「プシッタクス!あいつを捕まえるさー!」
バンナイヌの肩からオウムが飛び立つ。たちまち壮絶なドッグ・ファイトが開始された。
速度はファルクスが上だったが、旋回性能ではプシッタクスに軍配が上がった。
ファルクスの動きを先読みするように距離を詰めるオウムに対して、ファルクスはミサイルとバルカンで追い返す。
このままでは埒が明かないと判断した響は、左手にサーペンスを顕現させた。
「いっくぞー!」
空を飛びまわるファルクスに向かって、蛇の顎門を解き放つ!
ガンッ
「あ」
サーペンスの頭は見事にプシッタクスに命中。
動きの止まった二匹をすり抜けて、ファルクスが突如バンナイヌに肉薄した。
ズガシィィィィッ!!
「うおおおわああああああああ!?」
ミサイルの一斉発射と突撃をモロにくらい、バンナイヌは大きく吹き飛ばされた。
すかさずプシッタクスがフォローに入り、ファルクスの足止めをする。
バンナイヌはサーペンスを引き戻し、態勢を整える。だが、
「ダ、ダメージが・・・!」
もう一度同じ攻撃を喰らえばきっと耐えられない。響は戦慄した。
「が、ん、ば、れぇーーーーーーーーっ!!」
その時だった。

「が、ん、ば、れぇーーーーーーーーっ!!」
やよいは半壊した高架の端から、全身全霊をこめた大声を出した。
苦戦している、トゥリアビータのIDOLに、心からの声援を。
「やよいちゃん!早く逃げて!」
やよいの後ろから、スタッフの1人が声をかける。
「ダメです!皆さんを置いていけません!」
「何言ってるの!私たちのことなんていいから、早く!」
見れば、その場に残っている数名は全員足に怪我を負っている。立ち上がることさえままならない者もいた。
「きっとあのIDOLが助けてくれます!だから・・・」
やよいはさらに腹筋に力を込めて、
「が、ん、ば、ってえーーーーーーーーっ!!」

やよいの声援はバンナイヌのコクピットに響いた。
「ふふっ、相変わらず・・・凄い声量だな」
IDOLのセンサーは的確にやよいの声を拾っているが、多分何もしなくても十分に聞こえた気がする。
響は苦笑し、涙を一筋流す。その声は、響の心にまで届いていた。
「・・・行くぞ!」
バンナイヌは再びサーペンスを投射する。
サーペンスは空中で自在に動きを変えながら逃げるファルクスを追った。
プシッタクスが先回りし、徐々にファルクスの逃げ道を塞ぐ。2匹の動きは一個の生物のようにシンクロしていた。
そして、
ガギッ!
「捕まえたぞ!」
ついに、蛇の牙がファルクスに食らいついた。
「ぅぅうううおおおおりゃあああああぁぁっ!!」
ファルクスがどんなに暴れても、もはやサーペンスは決して離れない。
バンナイヌはハンマーの要領でファルクスを振り回し、山の斜面に叩きつける。
まだ敵に食らいついているサーペンスの尾を離すと、サーペンスはファルクスを縛りつけた。
「プシッタクス・マンテルム!フィニッシュアクセス!」
バンナイヌは全力で跳躍。その背にプシッタクスが掴みかかるように飛びついた。
2機が融合し、上空へ舞い上がる。
そして、プシッタクスはさらなる変化を見せた。その頭、胴体までが翼と同化し、さらに翼が薄く大きく広がる。さながら、マントの様に。
マントを身につけたバンナイヌは、王者の様な風格を漂わせていた。
「潰れろっ!」
みちっ
マントがひらめくと、何かが軋むような音がそれに続いた。
ごうっ、と風が吹き荒れる。サーペンスは牙を放し、風に乗って吹き飛ばされるようにその場を離れた。
自由になったはずのファルクスは、しかし動けない。それどころか、山肌にどんどんめり込んでいった。
吹き荒れる風はやがて暴風になり、周囲を飲み込んでいく。だが不思議なことに、ファルクスの周囲だけはまったくの無風だった。
ファルクスを圧し付けているもの、それは風圧ではなく――大気圧。
「そろそろトドメさ!」
マントがバンナイヌを包むように形を変えた。足先を先端に、尖った槍先のようにも見える。
バンナイヌは直下への蹴りの構え。
大気に穿たれた、穴、ポケット、トンネル。そこに吸い込まれるように、自由落下の何十倍というスピードでバンナイヌは『発射』された。
大気を切り裂く道の終点には、もがくことさえできないファルクスの姿。
「でやああああああああああああああああああっっ!!!」
隕石のごとく超高速で重落下したバンナイヌは、一撃のもとにファルクスを爆砕した。

敵を撃砕した響は、荒い呼吸を繰り返しながらしばらく動けずにいた。
『響』
通信の声に、ハッ、と顔を上げれば、高架の上で両手を降っているやよいと、他の人達の姿。
『ありがとう。本当に』
「765プロ・・・」
響はしばらく呆然としていたが、突然顔を赤らめると、
「かっ、勘違いするなよ!別に765プロのためじゃないんだからな!やよいと・・・他の人達を守るために戦ったんだぞ!」
『はは、そうだな。・・・これからも、そうであってくれることを願うよ』
「え?」
疲れ切ったプロデューサーの声に、響は眉根を寄せる。
「・・・なあ、765プロ。もしここに、やよいがいなかったら、自分にお礼を言わなかったか?」
『はぁ?バカ言え。そんなワケないだろう』
「うん、そう・・・だよな」
『響?』
「じゃあやっぱり、本当に765プロは・・・」
言いかけて、響は首を横に振った。
「いいや。自分が変えるって決めたしな!ケガ人がいっぱいいるみたいだから、早くレスキュー隊を出すんだぞ」
『響、お前一体何を・・・?』
「じゃあなっ」
響は一方的に通信を打ち切ると、翼に戻ったプシッタクスと共に、カーニスとサーペンスを抱えて空へ舞い上がる。
やがて上空を移動していたレオリカと合流すると、2機はいつものように光の中に消え去った。

第10話・了