第11話「Laaaaaaarge Size Party」

『彼』はそこにいた。
『彼』はずっと情報を集め続けていた。
そして『彼』は同胞の愚かさに呆れ果てていた。
『彼』もまた同胞と同じく愚かだった時期があったが、今は違った。
何故『彼』がこんなにも愚かだったのか、愚かでなくなった今となっても『彼』には分からなかった。
だが少なくなくとも、同胞が愚かであることが理解できるくらいには、『彼』は愚かではないことは確かだった。


「2年に1度の真夏の祭典!!第8回、全日本アイドル!大!水!泳!大会〜!!」
司会の人気お笑い芸人が叫び、囃し立て、会場は一気にヒートアップした。
「全国のお兄さんお父さん!伯父さんオッサンお爺ちゃん!全ての男性へお届けする夢の番組!お待たせいたしました!日本が世界に誇るトップアイドルから未来へ向かって夢を咲かせる新人アイドルまで、総勢300名を超えるアイドルがここ!神奈川は茅ヶ崎特設ビーチに集合だ!!」
カメラが俯瞰視点で浜辺にずらりと並んだアイドル達を映す。
色とりどりの水着に身を包み、華やかな笑顔を振りまくアイドル達が数百人集まっていた。その迫力は想像を絶するものがある。
「今日は2年に1度のお祭りです!録画の準備はよろしいですか!?今日ばかりは彼女も奥さんもほっぽり出して、野郎どもがテレビに釘付けだ!」
ここで出演者一同大笑い。
「さらに!さあ皆様見えますでしょうか!今大会もメインスポンサーであるモンデンキント社の協力の元、なんと本物のIDOLに日本のアイドルたちを守っていただくべく、緊急出動していただいております!」
カメラは、浅瀬から会場を見守るかのように立っている橙色のIDOLをアップで映す。
「ちょっと手を振ってみましょう!お〜〜い!」
司会者に合わせて、打ち合わせ通りネーブラが手を振り返す。
「おっと!こちらに手を振り返してくれました!流石のIDOLパイロットもこちらに興味津々といったところでしょうかね!アイドル達の艶姿に見とれて転んだりしないようにして欲しいものですね〜」
ここで出演者一同大笑い。
「さあ!さあさあさあ!もっとIDOLを映せとロボット野郎どもの声が聞こえてきそうですが、今日はアイドルのお祭りです!アイディーオーエルの方じゃありません!これからたっぷり6時間、どうぞ皆様お楽しみください!それでは、CM行ってみましょう!」


『彼』の同胞の中でとても堅い者でも、『あれ』には勝てなかった。
『彼』の同胞の中でとても速い者でも、やはり『あれ』には勝てなかった。
『あれ』を追い詰めることには成功しても、『彼』と『彼』の同胞は『あれ』に勝てなかった。
当然だ、と『彼』は思った。
『あれ』は強い。
『彼』の同胞は、『あれ』の強さを理解できないほど愚かなのだ。


「765プロチーム集合っ」
プロデューサーが手を上げると、765プロのアイドル達がそれぞれにプロデューサーの元に集まった。
春香はキョロキョロとお上りさんのように辺りを見回して興奮気味だ。
「すっっっごいですね!プロデューサーさん」
「ああ。まあ、なんつってもお祭りだしな。13時から19時まで生放送ぶっち抜き、視聴率50%を超える怪物企画だ。年行事関係を除けば最大規模と言ってもいい」
「私、テレビでしか見たことないんですけど、実際自分が参加するとなると・・・なんかこう、圧倒されちゃいますね」
「おいおい、そんなんじゃ困るぞ。あずささんと律子は前回大会の活躍がきっかけで一躍有名になったからな。今年も狙って行く」
断言するプロデューサーの後ろで、あずさは頬を染め、律子は顔をしかめた。
「うふふ、お恥ずかしいです〜」
「屈辱の限りだったわ・・・」
「何か反応が対照的だけど・・・で、何であずさと律子までいるワケ?」
と、伊織。
「ああ、前回大会の優勝者と準優勝者は無条件で出られるんだよ。まあ出番はトロフィー返還とか準備体操ぐらいだけどな」
「ふーん、なるほど・・・確か、あずさが優勝で、律子が準優勝だったかしら?」
「そうなんですかー!それで皆さん揃ってるんですね。私、久々に皆さんに会えてとっても嬉しいでーすっ!」
「あらあら、私もやよいちゃんの元気な顔が見れて嬉しいわ」
あずさはやよいの頭をかいぐりかいぐり。やよいは嬉しそうに目を細めた。
「うっうー!私、とってもやる気出てきましたー!優勝目指して頑張りまーすっ!!」
「ねー、美希も出なきゃダメなのー?」
やる気を見せるやよいの横で、椅子に座って早速眠そうな美希。スタイルは抜群だが、常に気だるそうにしているためかイマイチ精彩に欠ける。
「一応アイドル候補生だけを集める競技もあるんだよ。デビューしてないのお前だけなんだから、少しはやる気出せ。ここで注目を浴びれば、一気にデビューすることも可能だぞ」
「えー?美希、頑張るとかってそういうの似合わないって思うな」
「またそんなことを・・・」
プロデューサーはため息。
『プロデューサー、あずささんが前回優勝って言ってましたけど、どうやったら優勝できるんです?』
ワクワクを押えきれない様子で、通信機越しに真が話しかけてきた。真は今、水着でネーブラを操縦中だ。
「ああ、ある程度競技で勝つ必要はあるが、結局審査員投票だからいつものオーディションと同じでアピール次第だ。頑張れ」
『わっかりました!ふふふ、ボクの魅力全開バリバリで皆をギャーンと悩殺して、これからはセクシーアイドル路線一直線でズガーン・・・うふふ、うふふふふふ』
気持ち悪い笑い声が流れてきた通信を切ると、お揃いの水着を着た双子が勢い良くプロデューサーの腕にぶら下がった。
「がっ」
「ねーねー、兄ちゃん!あずさお姉ちゃんは何となく分かるけど、どうやってりっちゃんが準優勝したのー?」
「亜美も気になるー!」
「アンタ達、どういう意味よ」
さらっと失礼な双子を叱る律子。
「ああ、それはな、最後の競技の時、カメラの前で驚くようなナイスタイミングでポロr――」
「ふん!!」
ガッ
律子のアッパーが強制的にプロデューサーの口を閉じさせる。
「ひ、ひたが・・・!」
「次に余計なことを言うと口を縫い合わせますよ」
「りょーふぁい・・・」
隅っこでタオルを羽織って青い顔をしていた雪歩がついにブルブル震えだした。
「ううう、やっぱり私には無理ですよぅ・・・だって周りを見てもスタイルが良くって自信がありそうな人ばっかりで・・・私みたいにひんそーでちんちくりんなアイドルが、こんな大会に出ちゃいけないんですぅ!」
若干名のこめかみに青筋が立ったが、雪歩は気づかない。
「そう怖がるな。恥じらいの表情も大切だ。ああ、特に雪歩みたいなキャラだと、あまり張り切るより外側でアワアワしている方がカメラに拾ってもらいやすいかもな。どうしても人が混み合ってるとは映し難い。仮に優勝じゃなくても、最終的に得るものがあれば結果オーライだ」
「そ、そうなんですかぁ?それなら、私でもなんとかなるかも・・・」
「ところで、プロデューサー。さっきの美希じゃありませんが、私がこの大会に出る必要性は?」
ため息をつきつつ、千早がきっぱりと言い切った。
「ハッキリ言って、歌と何の関係もない仕事ではやる気が・・・」
『・・・・・・』
「え?あの、皆どうしたの?じっとこっちを見て・・・」
千早は一同の視線に晒されてしどろもどろ。
「あー、千早、この番組見たことあるか?」
「あるわけありません!」
「まーそれもそうか・・・」
プロデューサーは耳の裏をペンで掻きつつ、
「名目は一応アイドル番組だからな。競技中はワイプでほぼフルタイム歌が流れる。当然765プロの枠も3曲分あるから、歌は歌えるぞ」
「そ、それぐらいでは・・・」
「それと、優勝者には19時からの後夜祭番組で歌う権利がもらえる。あそこに見える茅ヶ崎特別ステージでざっと1時間分ぐらいは歌えるな」
「・・・・・・」
「それと、非公式だが特別賞品として茅ヶ崎特別ステージでのライブ権がもらえる。1日歌い放題だ」
「・・・プロデューサー、私に指示を。どんなことでもやってみせます」
「うむ。よく言った」
プロデューサーは満足そうに頷いた。
「ふふん、千早には悪いけど、優勝はこのスーパー美少女・伊織ちゃんがいただきよ!」
「あー、伊織には悪いが、お前亜美真美やよいと一緒にジュニアアイドル枠な」
「ちょっと!何でよ!」
食って掛かる伊織に、プロデューサーは首を振った。
「人数とか番組的に色々と調整があるんだとよ。ジュニアアイドル枠の優勝も同じぐらいイイもん貰えるから、そっちで頑張れ」
「くぅ〜〜っ!アッタマにきた!誰がこんな大会出てやるもんですか!」
「そうなのか?」
「そうよ!私帰る!ふん!」
伊織は腕組みしてそっぽを向いた。
「そっか・・・伊織ならアイツに勝ってくれると思ったんだが、尻尾を巻いて逃げ出すって言うなら、仕方ないかぁ」
「な、何よ。その含みのある言い方は・・・アイツって誰のことよ!」
「アレだよアレ、今ちょうどメインステージでインタビューしてる娘」
プロデューサーは親指で背後を指し示す。
伊織が背伸びして覗き込めば、3人の少女が壇上にあがり、司会者とやり取りしていた。
その内2人は16、17歳頃に見えるが、1人は明らかに幼く、12、13歳頃に見えた。
3人とも明るく笑顔を振りまき、しっかりとカメラ目線は忘れず、トークはハキハキとよく喋る。
また、大物役者の名物セクハラにも惚けたり、笑顔で躱したりと隙がない。かなり舞台慣れ、特に見られることに関して慣れているようだ。
さらに、この3人を一括りに的確に表すこの上ない特徴が1点あった。それは――
「胸おっきい・・・」
春香が思わず呟いた。
「な、何あれ・・・」
「329(ミズギ)プロ。名の通り水着グラビアに関しては圧倒的トップの実力を誇るアイドル事務所だ。特徴は・・・まあ見ての通りだな」
「グラビア専門?じゃあ何でこんな所に・・・」
「最近グラドルだけじゃなく普通のアイドル事業にも手を出してきたらしい。自慢の巨乳アイドルで存在感を示し、既存事務所の脅威になりつつある。今回のイベントで一気に知名度を上げる気だろうな。あの3人でジュニア部門、アイドル部門、グラビア部門の三冠を狙ってるようだ」
「なるほど、あの小さいのが私の相手ってワケね・・・」
いつの間にか、伊織はすっかりやる気のようだ。
「小さい?13歳で85だぜ?」
「そっちじゃないわよ、バカ!」
伊織は顔を赤くして怒鳴りつけた。
「あー、はいはい。でもな、背が低いとカップ数はさらに上がる。美希より身長が低いとなると、見た目にはかなりの威力だぜ、ありゃ」
「ふ、ふーんだ!胸のおっきさだけがアイドルとしての魅力じゃないってこと、教えてやるんだから!」
「おー、その意気その意気」
プロデューサーは唖然としている765プロアイドルに向き直り、
「ちなみにアイドル部門に出るのは真ん中の娘で、97のG。グラビア部門の娘は102のHだそうだ。流石にグラビア部門で対抗する気はないが、お前らも負けないようにな」
「G?Gって、え?嘘?」
「あわ、あわわわわわ・・・彼我の戦力差は絶対ですぅ・・・」
「えーびーしーでぃーいー・・・あれ?次なんでしたっけ?」
「・・・ふふ、ふふふふ・・・歌の力で潰してあげます・・・」
「さ、3桁って・・・何食べたらああなるのかしら」
「凄いね、ボインボインだー!」「ボインボインー!」
『ぼ、ボクだって、後1年もすればあれぐらいに・・・!』
敵の圧倒的戦力に混乱する765プロの面々を見て、プロデューサーはため息をついた。


『彼』は知っていた。『あれ』が常に強いわけではないことを。
『あれ』が強い時、『あれ』は『光』を持っている。
『光』が外にいるとき、『あれ』は弱い。
『光』を消せば、『あれ』は倒せる。


あずさは白のビキニを大胆に着こなし、壇上に上がると優勝トロフィーを大会主催者に丁寧に渡した。
「ただいま、前回優勝者の三浦あずさちゃんよりトロフィーの返還が行われました!」
「はい〜、返しちゃいました〜」
「かつてはグラビアの女王として一世を風靡した三浦あずさちゃんですが・・・最近はアイドル活動休止中なんですよね?復活のご予定は?」
「ん〜、今のところは充電期間、といったところでしょうか〜?」
あずさは司会者の質問をさらっと避ける。
「あずさちゃんのグラビア、全国の少年からお爺ちゃんまで楽しみにしてますからね〜。今日は代わりに、皆様には生放送でお楽しみいただきましょう!それでは、準備体操の方、お願いいたします」
「はーい。ぜんたーい、広がれ〜」
有象無象のアイドルが思い思いの位置で、手がぶつからないように距離を取る様は壮観だ。
一流ブラスバンドによる生演奏、お馴染みのキャスターによる生掛け声と無駄に豪華なラジオ体操が始まった。
会場の視線は壇上のあずさが独り占めだ。
あちこちで「おおっ」「ほぅ・・・」などの感嘆のため息が漏れ聞こえる。
男どもの不躾な視線を知ってか知らずか、あずさは久々の舞台で張り切ってラジオ体操を行った。
流石にこの一人舞台では自然と動きが小さくなってしまうものだが、あずさは気にせず大胆な所作で見事に大役を果たして見せる。思ったことと言えば、
(う〜ん・・・どうしてこの大会のラジオ体操は両あしでとぶ運動が4回続くのかしら?)
ということぐらいである。
壇上の脇で、律子はそっとため息をついた。
(セクハラだわ・・・しかも日本国を挙げての)
しかし、何だかんだで自分が注目されずに済んだことには安心していた。
――後日、しっかり自分も体の一部分をクローズアップして放送されていたことを知り、鬼神と化して暴れることにわけだが、それは別の話である。


そもそも『彼』と『彼』の同胞は『光』を消すために存在する。
だが、この世界にはあまりにも『光』が多い。
その中でも特に強い『光』を『あれ』は持とうとする。
強い『光』が外にいるとき、多くの『光』に紛れて『彼』と『彼』の同胞はその『光』がどこにいるかわからない。
だから『あれ』の中にいる強い『光』を狙ってしまう。
それでは『あれ』を倒せない。


大会はまず、小学生から中学校低学年までのジュニアアイドル部門の大会から開始される。
水着は露出面積が大きければ大きいほどいいと感じてしまうのは男の性だが、ジュニア部門ではあくまで健康的な、可愛いで済まされる範囲の魅力こそが焦点となる。
また、体の成長具合のばらつきにより、一概にこれと言い切れない多種多様の水着の見せ方が存在するのも特徴だ。
無理に大人びた水着は微笑ましくはあるが、大人になりきれていない体型には決してそぐわない。あえてワンピースなどの露出が少ない子どもっぽい水着で挑むのも、十分有効な手段と言える。
何事も小さいより大きいほうが良いのは世の常だが、ジュニアアイドル部門に限っては無関係である。・・・そのはずだった。
――おおおおおおっ!?
特設プールに現れた一人の少女に、観覧者はおろか関係者からもどよめきが起きる。
すべてのカメラマンが急いで砲列を並べ、間断なくフラッシュを浴びせかけた。
颯爽と現れた329プロのジュニアアイドル・士達ちみるは、これまでのジュニアアイドルの常識を覆す手段に出たのだ。
セパレートタイプの白にピンクラインの水着だが、どちらかと言えば一般的なビキニよりスポーティなタイプである。
しかし、トップの中心にはリング状の穴が開けられており、この年齢にはあるまじき山間を見せる。さらに丈はふくらみの下部分を隠し切らない長さで終わっており、アンダーにいたってはかなりのローレグだ。
あからさまに色気を前面に出しているが、日焼けを恐れない少女特有の小麦色の肌と白の水着のミスマッチが健康的な雰囲気も残しており、とても良いバランスになっている。
この年頃の、子供っぽさと大人っぽさを併せ持つ魅力を遺憾なく発揮しながら、どちらの色気も遜色なくストレートに見せる絶妙のセンスである。
双方の魅力に充てられてクラクラしたところで視線の行き着く先はやはり、
「南半球・・・っ!」
プロデューサーは険しい表情でライバルを観察する。
「みなみはんきゅう?」
やよいが復唱。
「ああ・・・これは想定外だった」
13歳とはとても思えないその大きさで、ギリギリのギリギリまで男の劣情を刺激せんとする姿勢。
それは、巨乳こそ絶対であるという意思表示に他ならない。
「329プロ・・・これほどのものかっ!」
「南半球、南半球・・・って、まさか‥こ、こ、この変態!ド変態!(#゚Д゚)ゴルァ変態!」
真剣な表情のままプロデューサーは太ももにご褒美を与えられて崩れ落ちる。
(AAで罵られてしまった・・・意外と迫力があるな)
「えー、いおりん、何のことか分かったの〜?亜美、南半球って何のことか分かんないよー」
「でもでも、いおりんの反応からすると・・・えっちな言葉だったりして〜?」
にやにやと笑いあう亜美真美。
「ど、どうでもいいでしょ!くっだらないことよ!」
「ねー、伊織ちゃん。私もみなみはんきゅう、って何のことか分からないんだけど・・・」
「やよいは知らなくていいことよ!フン!」
伊織は顔を真っ赤にしてそっぽを向く。これ以上何も答える気はないと言わんばかりに。
「それが分かるいおりんも、兄ちゃんのこと言えないよね〜」
「そーそー。いおりんも実は結構・・・」
「なっ・・・!あ、アンタ達ねぇ!」
「わー!いおりんが怒ったー!」
「逃げろ→☆」
ピューッと逃げ出そうとした双子の一人を捕まえたのは、意外にもプロデューサーだった。
真美だけが着ているパーカーのフードをさらに深く被せると、
「あんまり騒ぐとバレるだろが」
と耳打ち。
「ぶーぶー、亜美だけ参加なんてずるいよー!」
「それについては散々説明しただろ。どうしても水着が着たい、開会式だけ参加したいって言うから連れてきたんだ。もう大人しくバスに戻ってDSでもやってろ」
「はーい・・・」
肩を落として真美は着替え室の方に歩いていった。少し心配だったが、この場を離れるわけにも行かずプロデューサーは小さな背中を見送った。
「ねー、兄ちゃん・・・」
プロデューサーのパーカーを、くいくいと引っ張ったのは亜美。
「何だ」
「亜美だったら、途中で真美と変わってもいいよ?」
「とは言ってもな・・・それほど出番が多いわけでもないし、人目が多すぎる。危険は避けたほうがいい」
「うん・・・」
「元気だせよ。真美の分まで頑張ってこい!そして、優勝後のステージは真美にプレゼントだ」
「うん、そーだね。頑張る!」
プロデューサーは張り切る亜美の肩をポンと叩いた。


『あれ』を倒すには、外にいる強い『光』を消さなければならない。
『光』自体は弱い。『彼』でも簡単に消すことが出来る。
だが、『あれ』と『光』は数が多い。
『彼』がいくつかの『光』を消しても、いずれ『あれ』に捕まるだろう。
『彼』は策を講じる必要があった。


ジュニアアイドルたちの華やかな掛け声が会場に広まり始めた頃、アイドル部門、グラビア部門にも動きがあった。
グラビア部門では審査が開始され、アイドル部門も各事務所の持ち回りで順次ステージ上でのトークと歌の収録が始まる。
765プロとしては、まずこのステージで確実にアピールしておきたいところだ。純粋な得点にならなくても、衆目を集められればその後の競技に影響することは間違いない。
「ま、これがテレビ流の勝ち方ってやつだ」
プロデューサーは春香と千早に意気揚々と説明を終える。
千早は耳にかかった髪をかきあげながら、軽く頷いた。
「プロデューサーの仰りたいことは大体分かりました」
「・・・不満そうだな、千早」
「どんな形であれ、歌うことに不満はありません。ですが、注目を集める必要があれば猶の事、もっと技術力を必要とする難しい歌で勝負すべきでは?」
「おいおい、真夏のプールサイドでオペラでも歌う気か?そんな選曲したら映像切られちまうぞ。それに一人じゃなくて春香も一緒に歌うんだ」
「うぅ、ゴメンね、千早ちゃん。私じゃ技術がなくて千早ちゃんの歌についていけなくて」
春香のリボンがシュン、と力なく項垂れる。
「春香に足りないのは技術じゃなくて努力よ。歌の技術は一朝一夕には身につかないわ」
「ますますゴメンなさいぃ・・・」
「え?は、春香、私、励ましたつもりなのだけれど・・・」
千早は戸惑ってオロオロ。
「ええい、とにかくだ。水着に関しては問題ない。プロモビデオでの人気も高かったしな。トークも踊りも、いつもより少し派手めに。開放感を演出するんだ」
「はいっ」
「分かりました」
春香と千早は、かつて七星島でPV撮影をしたときの水着で挑む。
あの時の事務所PVは大好評を博し、特に春香と千早の知名度を大きく上げた。まさに今日この日のための磐石の一手だったと言える。
春香と千早を送り出し、さて一安心と椅子に座ったプロデューサーだったが、ステージ上に現れたグリニッジ子午線と日付変更線に目を見開いた。
「みなさん、こんにちわ!329プロの横地智美枝です!今日はよろしくお願いします!」
「い、いかん!329プロの後だったのか!?」
各事務所のステージ順番は事前に知らされない。だが、よりにもよって329プロの後というのは不幸の極みであった。
プロデューサーは作戦を練り直したかったが、すでに春香と千早は行ってしまった。もう時間もない。後は天命を待つしかなかった。
(くっ・・・!失策だ!)
プロデューサーは汗を拭った。
智美枝のビキニは標準的な形だ。細部のデザインにはこだわっているらしく、それなりのブランド物であることが伺える。だが、一見すると面白みのないデザインのようだ。
しかし、トップの左右端を覆うはずの布は、世界の果てにたどり着いたかのように突如としてぷっつりと途切れていた。
ややキツめに押さえつけられ内側に綺麗な渓谷を描くラインは、圧力の逃がしどころを求めて東西への旅に出る。その旅の終着点が、そこにはあった。
(グリニッジ子午線と日付変更線を越えた先に、未知の大地が・・・!)
谷間は、脂肪を寄せ集めれば誰でもある程度は表現することができる。しかし、左右のラインはそのような誤魔化しは一切効かない。純粋な大きさだけが、その曲線を浮き出させる。
生半なサイズでは決して表現することのできない、谷間よりも強調された魅惑的な稜線が男の冒険心をくすぐる。
――上陸してみたい。
水平線の先に新大陸を見た全ての男たちの願いだった。そして願わくば、その先にある前人未到の楽園に足を踏み入れる許可を。
(惑わ、されるっ・・・!?想像以上だ・・・!)
ただ大きいだけでは決して成しえない業。329プロは、胸と水着というただ2点において、どうやって魅せるかを完全に知り尽くしている!
「勝てないかもしれないな・・・」
プロデューサーは絶望的な気分になって呟いた。
(いや、何を弱気になっている!自分のアイドルを信じられないものには、永久に勝利は来ない!)
頭を振って気を取り直すも、改めて水上ステージに立つ智美枝を見て、ため息をつく。
(・・・だが実際の話、あずささん以上ってのはインパクトが強いなぁ。あれを見た後じゃ春香ですら高尾山、千早は関東平野に思えるぜ・・・)
プロデューサーがブツブツと失礼極まりないことを呟いている間に、ステージはドンドン進行していく。
「じゃあちょっと後ろを向いてもらっていいですか?」
「はーい♪」
司会に促され、智美枝は軽いステップでその場ターン。
後ろ髪を少し持ち上げて、トップ紐まで見えるように気を使ったその瞬間、
「よいしょっ・・・きゃっ」
トップ紐があえなくハラリと解けてしまった!
――うおおおおおおおおおおおっ!?
「なん・・・だと・・・!?」
プロデューサーは今度こそ立ち上がった。
だがそれは、他の冒険家連中と同じく剥がれかかった神秘のヴェールに食いついたからではない。
「いやぁ〜ん、解けちゃったー。スイマセン、結んでもらっていいですかぁ〜?」
「うひょっ、ワタクシこんな幸運に与らせてもらっちゃっていいんですかね!うひょひょ!」
司会はホクホク顔でトップ紐を直してやる。妙に手つきが慣れていることには誰もツッコまない。
(あいつ・・・『自分の髪に絡めて紐を解きやがった』ぞ!?用意は周到、最初から全力で仕掛けてくる気か・・・!)
プロデューサーは329プロのあまりの手際に戦慄していた。
「おい、聞いたか?」
「何をだよ」
不意に、耳に飛び込んでくるヒソヒソ声。
「329プロの嘉谷(かや)眞子も早速ポロリしたってよ」
「グラビアでポロリ?!あいつらアホだろ!」
「いや何でも、『今日は胸が張っちゃって・・・』とかなんとか」
「うわ、それ萌えるわ」
「この分だとちみるタンのポロリも期待できるかも・・・」
「ジュニアでポロリはご法度だろ。ってかお前そっちの趣味かよ。引くわー」
延々と続く馬鹿な会話の続きはスルーして、プロデューサーは思考に耽る。
(この時間帯でポロリ・・・やはり周囲を期待させてカメラを集める作戦か!)
本来ならポロリは事故であって自ら見せるものではない。
大体、本当にポロリしてしまってはマズいのだ。狙いすぎも安く見られたり偏見にさらされるため、アイドルとしてはあまり得とは言えない。
だが、それをあえて武器として使う斬新な手法。攻めの姿勢。智美枝の手際を見れば、ギリギリを狙う特別な訓練を積んでいるとしか思えない。329プロは、誰もが想像していたよりも遥かに強敵だった。
(デジタルでは生放送とオンエアに時間差が生まれる。仮に本当に見せてしまっても、実際の放送に乗る前にカットできる、という訳か)
デジタル全盛の時代だからこそ狙える選択肢である。
(これも時代の流れか・・・)
「じゃあ名残り惜しくはありますが、横地智美枝ちゃんでしたー!皆さん盛大な拍手を!!・・・えー、それでは、次は765プロから天海春香ちゃんと、如月千早ちゃんの登場でーす」
プロデューサーの懸念通り、司会は明らかにやる気をなくしていた。ステージ周りもすでに第1部完といった空気に包まれており、カメラや記者や傍聴席の人数は一気に半数にまで減っていた。
手を振りながら退場する智美枝と入れ違いに春香と千早が現れる。
いつも通りに見える2人の笑顔が、微妙にひきつっていることにプロデューサーは気づいていた。
「無理もないな・・・」
プロデューサーがぼやいたその時、
「えっ、とっ、きゃわああああっ!?」
突然春香がコケた。
「あ・・・」
千早は、咄嗟に何かを掴もうと伸ばされた春香の手が、ちょうどすれ違うところだった智美枝のトップをしっかり握り締めるのがスローモーションで見えた。
「え?」
智美枝は突然の出来事に反応できず、結果。

――耳を劈く女性の悲鳴と、野獣共の雄叫びが会場に木霊した。

「はぁ・・・」
プロデューサーは盛大にため息をついた。
春香と千早がその後ろに続く。春香はこれ以上小さくなれない程に縮こまって、プロデューサーの背に頭を下げた。
「本当にスイマセン、プロデューサーさぁん・・・」
「いや、いいよ。相手が許してくれてホント良かったぜ・・・」
プロデューサーは春香と千早を引き連れ329プロの社長やプロデューサーに謝りに行っていたのだ。
平謝りするプロデューサーに、元々が事故だったということもありとりあえず許してもらったが、これで329プロと妙な確執が生まれてしまった。
(前回優勝のプロダクションがこの体たらくじゃ、わざとやったんじゃないかって疑われても仕方ないよなぁ・・・)
口には出さなかったが、329プロの人間にはそう思っているものも少なからずいたようだ。
また同じようなことがあれば、今度こそ正式な抗議に発展してしまうかもしれない。そうなった時、真実はどうあれ765プロに悪評が集まるのは自明であった。
(しかし、そこで遠慮して消極的になってたら勝てるものも勝てなくなる・・・どうすりゃいいんだ)
「あーあ、どうせなら千早の水着を掴んでくれれば・・・」
「なっ・・・!何を言い出すんですか、プロデューサー!」
千早が顔を真っ赤にして抗議する。
「あ、千早ちゃんの方にも思わず手を伸ばしてたんだけど、手がスカッと空を切って・・・」
「春香・・・何が言いたいのかしら?」
冷たい表情の千早に詰め寄られて狼狽する春香。
「え?え?千早ちゃんにまで迷惑をかけなくて済んで良かったなー・・・って」
「くっ」
千早は何故かくやしそうに下を向いた。
「・・・ぷくくくく」
「!ぷ、プロデューサー!何ですかその笑いは!」
「いや気にするな、あっはっはっはっは!」
プロデューサーは大笑いして、空を見上げた。前髪を掻き上げて、灼熱の光明を瞳に浴びせかける。
「いかんいかん、目が曇っていたようだ。目が曇ると全てが暗く見えてしまうな」
「プロデューサーさん?」
プロデューサーは後ろを振り向いて、
「前向きに考えれば、さっきのアクシデントで765プロの注目度が上がっているとも考えられる。後のことなんか気にするな。精一杯やって、楽しんで来い」
きっぱりとそう告げた。
「は、はい!分かりました!」
「楽しめるかどうかは分かりませんが・・・そうですね、何もせずに負けるよりは、全力でやった方が良いかと」
春香と千早も頷く。
「それでいい。じゃあ俺はちょっとジュニア部門の様子を見に行ってくるから、競技頑張れよ」
「はい!それじゃあ、行ってきます、プロデューサーさん!」
「分かりました。それでは、後ほど」


できれば『彼』の同胞の愚かさを解消したかったが、『彼』はすでに『彼』の同胞と連絡をとる手段を失っていた。
『彼』が愚かだった時の戦闘による損傷が原因である。
だがその損傷ゆえに、『彼』は愚かではなくなった。
そこで、『彼』は成果を上げるために動くことにした。


千早、春香と別れ、プロデューサーは一人ジュニア部門専用のプールへ向かう。
だが人ごみを避けようとしているうちに、随分人気のない遠回りの道へ進んでしまった。
辺りには資材・機材ばかりが置かれていて、動いているスタッフもまばらである。
「やれやれ、随分通りにくいな・・・人が少ないわけだ。っと?」
そこでプロデューサーは、見知った顔に出会う。出来れば会いたくない相手であったので、プロデューサーは嫌な顔をした。
「む?」
相手もプロデューサーに気づいたようだ。同様に顔をしかめる。
「何だ、弱小765プロの弱小プロデューサーか。タダでさえ暑いのに、暑っ苦しい顔が現れたものだね、まったく!」
さっそく悪口をぶつけてきたのは、961プロの黒井社長。
響・貴音には765プロに関わらないように言っておきながら、本人は顔を合わせるたびに文句を言わないと気が済まないらしい。
「暑っ苦しいのは貴方のそのダサい服装のせいでは?正直見てると不快指数が上がります」
「ふん、口の減らない男だ。・・・だが、おかげで手間は省けた。おい貴様!」
「何ですか」
「手を組ませてやる」
「は?」
まったく予想していなかった言葉に、つい間の抜けた声で返事をしてしまうプロデューサー。
「聞こえなかったか!?我が961プロが、貴様らのような弱小プロダクションに手を組ませてやると言っているんだ」
「・・・どういう風の吹き回しですか、それは」
上から目線なのは相変わらずだが、今現在の両社の関係を考えれば、プロデューサーが警戒するのは当たり前だった。
「貴様も知っているだろう。今日の大会、329プロが大きく注目されている」
「そうすね」
「だが!あんな3流アイドルは王者には相応しくない!勝利するのは我が961プロの、プロジェクトフェアリーだ」
「それで?」
「響ちゃんと貴音ちゃんにかかれば貴様ら765プロを叩き潰すのは容易い。だが、この大会のルールにおいて、329プロを相手にしていては貴様らに構っている余裕はない」
(流石に現状は把握しているってわけか)
プロデューサーは心の中で舌打ち。嫌な人物だが、抜け目がない。
「329プロの連中は胸以外のアピールは基本的に不足している!我々としては歌と競技で注目を取り戻したいところだが、そこで貴様らのような数だけ揃えた能無しアイドルに、ちょろちょろと響ちゃんと貴音ちゃんの邪魔をされては困るのだよ」
「仮にも協力を求めるセリフとは思えませんね。ちょろちょろと邪魔していいですか?」
「ふん、そんなことをしてもお前ら765プロに勝機はあるまい?」
「む」
反論はできなかった。歌と競技。まさに、そこがプロデューサーも突破口と見出していた部分だった。
961プロと無駄に争っていては、注目は分散されてしまう。そうなれば、勝つのは329プロだ。
「別に難しいことを要求しているわけじゃない。邪魔をするな、邪魔をしないと言っているんだ。それくらいなら、貴様のような単純な男でもできるだろ?」
「・・・癇に障る言い方だ。受けてもいいが、一つだけ条件がある」
「ウィ、言ってみたまえ」
「ウチのアイドルを能無しと言ったことを今すぐ取り消せ・・・!」
プロデューサーは強く強く握りしめた拳を突きつけた。
「フン、事実を言って何が悪い。違うというのなら、今日の大会で証明して見せたまえ」
黒井社長の目は冷たい。悪口、蔑みだと本人は思っていない。心の底から、765プロのアイドルを能無しだと考えているのだ。
プロデューサーは突きつけた拳を振るいそうになったが、何とか怒りを抑えこんで、
「・・・じゃあ、ウチのアイドルが優勝したら皆が見てる前で土下座してもらうからな」
そう言って、ニッと笑った。
「な、何故私がそんなことを・・・」
「もちろんハゲかつら着用で」
「何!?」
「背中には『生まれてきてスミマセン』と書いた張り紙をしてやる」
「こ、このっ・・・!」
「この条件が飲めないってんなら、俺は全力で961プロの邪魔をする」
そう言って、真正面から黒井社長を睨みつける。
「だが・・・もしプロジェクトフェアリーが優勝したら、俺と社長が同じことやってやるよ」
「ほう、ほほう、そいつはさぞかし愉快だろうな!いいだろう、どうせ勝つのは我々だ」
「OK、その言葉忘れんなよ」
「貴様こそ、大恥をさらすのだから精精心の準備くらいはしておくのだな!はーっはっはっは!」
プロデューサーは高笑いと共に遠ざかっていく黒井社長の背中を見ながら、強く握りすぎて戻らなくなった拳を反対の手でゆっくりと解きほぐすように開いた。
(ふぅ・・・俺も大人になったもんだな)
アイドルを無能呼ばわりされて、怒りはすでに頂点に達している。
(昔の俺なら、とっくに殴りかかっていたかもしれないな)
心の中で、騒ぎを起さずに済んだ自分を褒めた。
「妙な約束しちまったけど、ま、あの野郎の面白い顔が見れたから良しとするか」
別にハゲかつらで土下座しようが、恥ずかしいと思わない人間には何のダメージもない。プライドの塊のような黒井社長には大ダメージだろうから、この条件はプロデューサーにとって有利と言えた。
(高木社長は・・・よく小鳥さんや律子に泣きついてるし、プライド薄そうだから大丈夫だろ)
勝手にボスのクビを賭けておいて酷い言い草である。
こうして、765プロと961プロの間に奇妙な協定が結ばれた。


やはり、『彼』に勝ち目などなかった。
だが、例え『あれ』に勝てなくとも、『彼』の同胞が成し得なかった最大の成果を上げようと考えた。
強い『光』を多く消す。頭部に大きな傷を持つ『彼』はその機会を辛抱強く待ち続けた。
――暗く深い水の底で。


偶然か必然か、黒井と別れてすぐに、プロデューサーはインタビュー中の響と貴音を見つけた。
先程の話を確認すべく、人の輪に混じってインタビューが終わるのを待つことにする。
(ふーむ・・・)
響も貴音も艶やかな黒のビキニ。響のはややスポーティなデザインで、貴音のは肩や背中の布面積が少ない。これだけ大勢のアイドルの中にあっても埋もれず、それどころか立っているだけで人目を惹く。329プロが本命なら、まさにアイドル部門のダークホースに相応しい存在だった。
(大きければ良いというものではないが、ここじゃあるに越したことはないんだよなぁ)
プロデューサーは2人の3サイズをつぶさに観察する。
(貴音はあずささんとほぼ同じか。しかし尻に得も言えぬ迫力があるな。一方響は・・・おおぅ)
貴音のゆったりした服装に隠されている豊満な体つきは何となく想像していたが、響の大きさはまったくの予想外である。背の低さを考えれば、カップは貴音より上になるのではないだろうか。
(黒井の野郎が張り切るわけだ)
329プロに比べれば流石に小さいが、2人とも標準的に考えればかなり大きい部類である。
(今の765プロじゃ春香のお手頃サイズが最大値だからな・・・美希は候補生部門だし。どうあがいても765プロに勝ち目はないと踏んで、手を組もうなんて言ってきやがったのか)
ボーカル・ダンス・ビジュアルを突破口にするにしても、この企画だけはどうしてもバストサイズという下地、底上げは必要不可欠に思えた。
舐められるのはシャクだったが、かと言って他人の足を引っ張ってもしょうがない。プロデューサーは思考を切り替える。
(響と貴音に頑張ってもらって、胸以外に焦点が当たったところでウチが突出するしかないな)
考えをまとめている間、プロデューサーは視線をがっつり961プロの2人に合わせて外さない。そんな男を周囲が気持ち悪そうな目で見ていることなど、まるでお構いなしだった。
やがてインタビューが終わると、響と貴音の二人はスタッフに誘導されてそそくさとその場を立ち去ってしまう。
プロデューサーも急いで人ごみを抜け、回りこむように移動した。
「よう、おはようさん」
プロデューサーが声をかけると、二人はビクッと肩を震わせてから振り向いた。
「わっ・・・って、何だ、765プロか〜。驚かせるなよ」
「ふぅ、わたくしも少々驚いてしまいました」
「一体どうしたんだ?やけにコソコソ動いていたようだが」
響は辺りをキョロキョロ見回してから、声を潜めて、
「スタッフの人に教えてもらったんだけど、さっき不審者がいたんだってさ」
「何ぃ?この収録会場はサミット並の警戒網が敷いてあるんだぞ?許可なしで入れる奴がいるとも思えないが・・・」
「何でも、インタビューの間じゅう、獲物を窺うような目でじっとこちらを見ていたとか・・・」
「けしからん奴がいたもんだなぁ。まあバイトスタッフとか末端のカメラマンとか、邪な考えを持つ奴もいるからな。気をつけるに越したことはない」
自分のことを完全に棚にあげて、プロデューサーは断言した。
「ところで、黒井社長から例の話は聞いてるか?」
「はい。先程、765プロと共闘を提案してくると仰っておりましたが・・・」
「げげっ、あれマジだったのか!?黒井社長が暑さでついにおかしくなったのかと思ったぞ」
「ははは、話を持ちかけられたときは俺もそう思ったよ」
「わたくしもにわかには信じられませんでしたが・・・本当なのですね?」
「ああ、そういうことらしい」
プロデューサーは肩をすくめた。
「何だか妙な話になったが、よろしくな」
「分かりました。これもトップの座を手に入れるため。一時の約定を結ぶことにいたしましょう」
「ふふん、自分はスタイルも完璧だから優勝は間違いないとは思うけど、協力したいならさせてやってもいいぞ!」
微笑を浮かべる貴音と、ボリューミーな胸を張る響を見て、プロデューサーはしみじみと呟いた。
「やっぱその方がいいよなぁ」
「「え?」」
異口同音にキョトン、とする響と貴音。
「いや、さっきのインタビューも見てて思ったんだが、響も貴音もやけにクールなキャラで押し通そうとしてるだろ?どうにも不自然な感じがするんだよなぁ」
「でも、黒井社長がこうした方が売れるって言ってたぞ」
「王者たるもの、常に毅然とあるべし・・・そのように仰っておりました」
「なるほど、それが961プロの売り方ってわけか・・・」
(アイドルの素質は見抜けても、プロデュースのセンスは相容れないな)
所属アイドルの前であからさまに社長の悪口をいうのは気が引けたので、心の中に留めておく。
黙り込んだプロデューサーに、響が調子づいて指を突きつける。
「お気楽765プロとは違って、961プロは厳しいからなっ!」
「いや、そんなに甘やかしているつもりはないがな・・・ウチにはウチなりのやり方があるのさ」
「あの・・・」
おずおずと、貴音が切り出した。
「それでは、参考までに訊いてもよろしいでしょうか?プロデューサー殿なら、わたくし達をどのようにプロデュースされるのか」
「あ、それ、自分も訊きたいぞ!」
「ん?そうなのか?」
「はい。わたくし達は、今日は765プロと同盟関係にあります。すなわち、その・・・今日だけはプロデューサー殿が、わたくし達のプロデューサーであるとも言えるのではないかと」
「・・・そんなもんか」
貴音が妙に顔を赤くして言うので、プロデューサーも気恥ずかしくなって鼻を掻いた。
「えー、765プロみたいな変態がプロデューサー?」
「るっせ。書き割り背負わすぞ」
茶々を入れてくれた響に軽口を返し、咳払い。
「そうだな・・・貴音のイメージは、花だな」
「花、ですか。それはどのような?」
「路傍の小さな花だよ。だけど、誰も無視して通り過ぎることはできない。見れば思わず微笑んでしまうような、可憐な花だ」
「まあ、なんと・・・そのように言っていただいたのは初めてです。百合や牡丹、芍薬に例えられたことはありましたが・・・」
「そうだろうな。でも俺は、もっと身近で、もっと可愛らしい姿が似合うと思う」
「ありがとう、ございます・・・」
「なあ、それ、言ってて恥ずかしくないか?」
貴音よりも照れながら、脇で聞いていた響がツッコんだ。
「そんなことはないぞ。正当な評価だ」
「じゃ、じゃあ、自分はどうなんだ?」
「響か?響は・・・んー・・・そのままでいいんじゃないか?」
「って、なんだよそれ!テキトーすぎるぞ!」
「なんだ?期待してたのか?」
ニヤリと笑って響を見れば、響はプイと視線をそらす。
「そんなことないぞ!別に貴音みたいに可愛いって言ってもらいたかったわけじゃないからな!」
「ふ、十分に可愛い反応だな」
プロデューサーは頷いた。
「う、うるさいな!そんな取って付けたように言ったって信じないぞ!」
「まあまあ。そのままって言うのは、今みたいなお前のことだよ。実際、響はクールになりきれなくて、よく素の自分が出てるじゃないか。そのギャップというか、表現の多面性は悪くない」
「・・・自分、カンペキだぞ」
からかいすぎたか、響はすっかり拗ねてしまった。
「何でも完璧な奴なんていないさ。不完全性にこそ、人は惹かれると言ってもいい」
「むー・・・」
「例えるなら、海か。凪の海も、嵐の海もある。暖かい潮風を運ぶその内側には、どこまでも暗く静かな深海を秘めている」
納得がいかない響は、疑いの眼差し。
「もっと怖がらずに素の自分を出していけばいいんだよ。もっとクールなお前も、もっと明るいお前も、もっと切ないお前も、どんどん出していけばいい。自分で可能性を狭めるのはもったいないぞ。なんたってそのままで十分、」
プロデューサーは響の頭に手をおいた。
「可愛いんだからよ」
「うぅ〜〜うぅ〜〜〜っ・・・なんか誤魔化された気がする」
「ははは、騙されたと思っていろいろ挑戦してみろ」
(・・・もっとも、黒井が許すとは思えないが)
プロデューサーは高木社長と黒井社長が反目している理由が何となく分かった気がした。
「おっと、少しのんびりしすぎたな。この件は俺の方からウチのアイドルに伝えておくから・・・まあ普段のしがらみは抜きにして、楽しんでくれ」
プロデューサーは手を上げると、そのまま駆け足で行ってしまった。
「楽しんでくれ、だってさ。変なの。黒井社長は勝たなきゃ意味が無いって言ってたけど・・・ん?どうした貴音?なんか自分がついエサをつまみ食いしちゃった時のオウ助みたいな顔してるぞ」
「響ばっかりあの方に・・・ずるいです」
「え?貴音?」
珍しく、本当に珍しく、貴音は拗ねた顔で小声で愚痴り、響を置いてさっさと次の会場へ向かってしまう。
響は貴音が何を言ったかはよく聞こえなかったが、貴音がとても怒っていることだけは理解できた。
そして、呆然と呟く。
「あんな貴音、前に一緒に食べたラーメンのチャーシューとメンマを勝手に交換したとき以来だぞ・・・」


『光』が集まっている。
『彼』は、予想を遥かに超えた大きな機会に巡り合えたことに、震えていた。
強い『光』が狙いやすい水辺に多数集まっている。それもかつて『彼』が経験したことのない数だ。


伊織、やよい、亜美を激励した後、プロデューサーは961プロとの共闘を765プロメンバーに伝えるべく、再び会場の反対側へ移動していた。
途中、会場端の地味なプールに立ち寄る。
アイドルがいっぱい集まっているにもかかわらず、ジュニアほどにも報道陣が集まっていないここは、デビュー前のアイドル候補生による競技が行われている場所である。
すなわち、星井美希もここにいた。
「よっ。頑張ってるか?」
「あ、プロデューサーさんなの」
ボンヤリと座っている美希に声をかけると、美希はノロノロと立ち上がった。
「眠そう・・・なのは相変わらずとして、不満そうな顔だな」
「むー、だって、司会の人も、誰もミキのこと褒めてくれないんだもん」
「どういうことだ?」
「見てれば分かるの」
出番が来たらしい美希は、スタスタと歩いていき、他の候補生たちとプールサイドに並んだ。
14歳とはとても思えないスタイルで、他の候補生を圧倒している。さらに鮮やかな金髪に、お洒落さとセクシーさを兼ね備えたビキニ。どこにいても一際目立つ。
(ビジュアルの素地は完璧なんだよな・・・しかし、どうにも良くない)
プロデューサーは腕を組んで唸った。
「それでは3回戦最終組、スタートです!」
プール全体に、スタッフ数人の手によって一斉にボールがばら撒かれた。数人アイドルたちが我先に、しかし可愛らしく飛び込む。
競技は水中に投げ込まれたボールを取るもの。多数のカラーボールの中に金色が1つ入っているので、それを取った者が勝ち抜けるルールだ。
あからさまに出遅れたように見える美希は、誰もいない端の方から水泳選手なみの飛び込みですばやく潜水。他の子達の間をすり抜けてスパッっと浮かび上がったれば、
「取ったのー!」
手には金色のカラーボール。
「え〜・・・す、凄いですねー・・・。星井美希ちゃん、1回戦2回戦に続き驚きのスピードで金を手にしました」
笑顔の美希は会場の微妙な空気に気づいているのかいないのか。
プロデューサーは右手で目を覆った。
やがて戻ってきた美希は、カメラの前で見せていた笑顔をすっかり忘れたように、不貞腐れていた。
「あー・・・事情は大体分かった」
「あのね、他の試合で勝った子はちゃんと写すのに、ミキだけ扱いが変なの」
「そりゃお前が悪い」
「えー!何で?どーしてなの?」
「純粋なスポーツじゃないんだから、競技に勝つことだけを目的にしてどうする。いや、テレビ的には目立ったほうが勝ちだから、むしろ負けてると言えるな」
「だって、競技に勝たないと見てもらえないよ」
「勝ち方の問題さ。これはテレビ番組なんだから、もっと盛り上げないと。・・・それにしても、お前ボール取るのやけに速かったな」
「あんなの簡単だよ?金色のボールが投げ込まれたら、取りに行けばいいの」
本当に何事もなさそうに美希は言う。
「あんだけ一斉に放り投げてるのに、金色がどこにあるのか分かるのか?!」
「一個だけ色が違ったら当たり前なの。あふぅ」
(お、恐ろしい奴・・・)
美希の秘めたる才能には驚かされるばかりだ。だが、だらからこそ、プロデューサーも社長も中途半端になることを嫌って、美希を安易に売り出したりはしなかった。
「じゃあ、手を抜いてボールを取らないようにすればいいんだねっ」
「それじゃ意味ないだろ」
「むー、どうすればいいの!?」
「そうだな・・・とにかくお前には、一生懸命さが足りない。もともと人より目立つことは確かだが、悪目立ちもする。それはつまり、武器であると同時に弱点でもあるってことだ。良いところも悪いところもハッキリ見えるんだから、人一倍の努力が必要なのさ」
「ミキ、頑張ってるもん!」
「努力の度合いってのは、他人が計るもんだ。この業界、目の肥えた人間はいくらでもいる。彼らの物差しは正確だぞ」
「・・・みんながみんな、同じ物差しを持ってるわけじゃないって思うな」
「その通りだ。今のお前のままで十分だと思う人もいる。と言うか、おまえ自身がその筆頭だがな。ははは」
むくれる美希を宥めるように、プロデューサーは優しく諭す。
「しかし、トップアイドルを目指す以上は大多数の人間の物差しに計ってもらわなくちゃいけなくなる。その時になって困らないように、今こうして注意してるんだよ」
納得したのかしていないのか、美希は何か考え込んだ表情で、決勝戦の準備が整ったプールに視線を移す。
「水にぷかーって浮くみたいに、何もしないで、のんびりトップアイドルになれれば良いのになー」
「実際のところ、人間は頑張って泳がないと沈むぞ」
「そんなこと言われても、美希、どうすればいいか分かんないよ」
「そうだな・・・とりあえず、皆と一緒に真ん中から入れ。泳ぐのも禁止だ」
「それで、美希が頑張ってるように見えるの?」
「ああ。だいぶマシになるだろ。もっとも、見える、とはちょっと違うがな」
半信半疑のまま、プロデューサーに背中を押されて美希は決戦の舞台に赴く。
スタートの合図とともにボールが投げ込まれ、やはり美希は金色のボールの位置を一瞬で見抜いた。
しかし、意気揚々とプールに入った途端、ボールにたどり着くのが非常に困難であることを思い知らされる。
(うぅ〜っ、じゃ、邪魔なの〜っ!)
ボールを探して潜ったりがむしゃらに移動したり左右に目を走らせて立ち止まったり。障害物となる人が多すぎて上手く前に進めない。
しかも泳ぐことを禁止されたせいで、じゃばじゃばと水を掻き分けながら進むしかなかった。これがまた遅々として進まない。
(あと、少し、なのっ・・・!)
金色のボールはすでに目に入っている。あとは一気に潜って拾い上げるだけだ。
美希は水底のボールに向かって手を伸ばし、ボールが指に触れたその瞬間。
「取ったーっ!!」
ボールは横から来た別の手に攫われてしまった。
(あ・・・)
美希は思わず、水面に連れ去られていくボールを追って手を伸ばした。だが、間に合わない。
指先に、何度も掴んだ感触だけを残して、零れ落ちた。
おそらく、何度もボールに直進していった美希の動きを誰かに読まれていたのだ。
(負け、ちゃった・・・)
簒奪者の顔は、水面に歪んで見えない。ただ呆然と、負けたという事実に打ちのめされた。
美希は体から気力が抜け、ゆっくりと沈んでいく。
水底に沈んだまま、力なく手を伸ばした。金色に眩しく輝く、球体に向かって。
(プロデューサーさんの言うとおりにしたのに、負けちゃった)
ほんの少しだけ恨みを思う。だが、彼はなんと言っていたか?
――頑張って泳がないと沈むぞ
そう言っていた。そして、自分は沈んだ。浮かぶことなんてできなかった。
どんなに手を伸ばしても、もう届くはずがない。
周りにいたアイドルたちが、試合終了の合図を受け一斉にプールサイドに向かって泳いでいくのが見える。
(やっぱり、みんな普通に泳げたの)
美希は、彼女たちが泳げないと勘違いしていた自分に少し苦笑した。
そう、もはや競技は終わった。終わったのだ。
終わって、自分は一人沈んだまま、誰もいなくなって、そして。
ぐいっ!
(!?)
突如として襲った、強烈に体を引っ張る感触。
何者かが美希の体を掴んでいた。
反射的に抵抗するも、有無を言わさず水面に体を引っ張り上げられる。
勢い、水を少し飲み込んでしまった。
「けほっ、けほっ!」
「おい、大丈夫か!美希!」
耳元で聞こえたのは、プロデューサーの声。
「あれ・・・?」
見渡せば、プールには誰もおらず、その周りを心配そうに見守るスタッフとアイドルたちが囲んでいる。
美希は後ろからプロデューサーにがっちりを脇を支えられ浮かんでいた。
「プロデューサー・・・さん?」
「ああ。とりあえず大丈夫そうだな」
プロデューサーは手を振り上げ、
「こっちは大丈夫でーす!心配をお掛けしましたー!」
と叫んだ。野次馬が三々五々散っていく中、プロデューサーはそのまま美希を抱えてプールサイドまで水中を歩く。
「へ、平気なの。だってここ、足もつくし・・・」
「水難事故の半分は足がつく水深で起こるんだ。いいから掴まってろ」
「・・・・・・」
美希は黙ってプロデューサーの腕に体を預ける。
シャツを脱ぎ捨てて飛び込んだのか、プロデューサーの上半身は裸である。
遠慮なしに美希の体を抱えているため、気がつけば特技の胸が形が変わるほど押し付けられていた。
美希は恥ずかしさに顔を赤らるも、プロデューサーはお構いなしだ。
「よっと」
気を利かせたスタッフと2人がかりで美希をプールサイドに引き上げる。
「立てるか?」
「うん」
「気分が悪かったりはしないか?」
「大丈夫なの」
プロデューサーに支えられながらも、美希はしっかりと立つ。それを見て、ようやくプロデューサーも安心したようだ。
「やれやれ、肝が冷えたぜ。足でも攣ったか?」
「ううん、違うの」
「ん?」
「・・・負けちゃったの」
「・・・だな」
「プロデューサーさんの言うとおりにしたけど、勝てなかったの」
プロデューサーは何も言わなかった。黙って美希の言葉の続きを促す。
「負けちゃったなーって思ったら、何だか力が抜けちゃって。浮き上がれなくなっちゃったの」
「・・・つまり、感傷に浸ってたってわけか。心配かけさせやがって」
美希の頭を軽く小突く。
「だから言っただろ。頑張らないと沈むって」
「美希、ダメだった・・・?」
「そんなことないさ。よく頑張ってた。最後の試合では、カメラはずっとお前を追っていたんだぞ」
「本当に?」
「嘘だと思うなら後で見てみればいいさ」
「・・・でも美希、勝てなかったよ?沈んじゃったよ?」
「その時はまた、俺が引っ張り上げてやる。何度負けたっていい。もっと頑張って上を目指してみろ」
「何度でも?」
「そうだよ。美希が本当に欲しいものに手が届くまで支える、そのために俺がいるんだ」
「・・・うん。ありがとう、プロデューサー、さん」
美希はプロデューサーの手を両手できゅっと握った。
「どういたしまして」
そう言って、プロデューサーは優しく笑った。
「さて、念のため救護室で休んでたらどうだ?もう出番も終わりだし、存分に昼寝してていいぞ」
「ホント!?やったーっ!」
先ほどまでのしおらしさはどこへやら、美希は両手を上げて飛び跳ねる。
「う、迂闊だったかな・・・」
プロデューサーはいつもの調子に戻った美希を見て溜息。
この時はまだ、美希の中に芽生えた確かな変化に、プロデューサーも美希自身も気づくことはなかった。


だが、強い『光』を守るようにまた『あれ』も来ていた。
当然だろう。これだけの強い『光』のあるところに『あれ』がいないわけがない。
『あれ』は今『光』を持っている。
まだ待つのだ。機会は必ず訪れる。


さて、ジュニアアイドルの競技中も、アイドルの歌やトークは間断なく行われる。
プロデューサーは765プロアイドルに指示を出すため、あっちに行ったりこっちに行ったりと大忙しだ。
また、移動時間はモバイルでオンエア、ネット掲示板のチェックもかかさない。
「俺があと3人いればなぁ・・・」
思わずぼやく。765プロの人材不足は深刻だった。
「せめて尾崎あたりが手伝ってくれればいいんだが」
「私がどうかした?」
「おっ?」
プロデューサーは驚きをもって後ろを振り返る。
炎天の下、きっちりスーツを着込んでいる女性が腕を組んで立っていた。
その後ろには、プロデューサーもよく見知った顔が水着姿で並んでいる。
モンデンキント・ジャパンでオペレーターをやっている愛、絵理、涼の3人だ。
「プロデューサーさん!おはようございまーっす!」
「おはようございます・・・久保主任?」
「おはようございます。主任さん」
三者三様の挨拶をしながら、3人とも頭を下げた。
プロデューサーもひょいっと片手を上げて、
「おはよう。オペレーターズも来てたのか」
「変なユニット名をつけないで頂戴。デビュー前とは言え、アイドルなんだから当たり前でしょ」
と、尾崎が素っ気無く言う。
「ネーブラのパイロット訓練生ということでモンデンキントに出向させてるけど、チャンスがあったらいつでもデビューさせたいのよ。876プロからね」
「分かってるって」
モンデンキント・ジャパンに所属しているアイドルは、実は765プロだけではない。一定以上の素質を見せるもののIDOLの正式なパイロットには至らない、そういったパイロット候補生たちが、訓練の傍らオペレーターや整備士などの仕事を務めているのだ。
だが、そのためにアイドルとしての練習時間やデビューのチャンスは当然削られてしまう。
876プロの雇われプロデューサーである尾崎がモンデンキントにあまり良い感情を抱いていないのはそのためであり、プロデューサーもその点については承知していた。
「私はあくまでこの子たちのプロデューサーなんだから、あなたを手伝ったりできないわ」
「はいはい。言ってみただけだよ。相変わらず厳しいな、尾崎は」
険悪な雰囲気のプロデューサーと尾崎に、オロオロするオペレーターズ。
だが実際のところ、プロデューサーは尾崎に対して悪い感情は抱いていなかった。自分が尾崎の立場であれば同じことを思うだろうし、プロデューサーとしての手腕も、思わず頼りたくなるぐらいには評価していた。
プロデューサーはさっさと話題をそらすために、オペレーターズ最年少の愛に話しかける。
「それはさておき、何でさっき俺のことプロデューサーって呼んだんだ?」
「はいっ!なんとなくです!春香さんとか、雪歩先輩がそう呼んでいるので!」
「いや、お前のプロデューサーならそこにいるだろがよ」
「うーん・・・尾崎さんは、尾崎さん!って感じがするかなって!」
やよいよりも突撃的な元気でもって答えが飛んできた。
その音圧に一歩下がりながら、プロデューサーは頬を掻く。
「その、なんだ。大変だな、お前も」
「私が目をつけたのは1人なんだけど・・・石川社長から任されちゃったからね」
プロデューサーの同情的視線に、尾崎はため息をついた。
「尾崎が目をつけた子・・・ううむ」
プロデューサーは生まれてから一度も日に焼けたことのないような白い肌をしているか細い少女、絵理に視線を移す。
「な、何・・・?」
「・・・・・・んー」
「・・・あ、あの」
「・・・・・・」
「ひ、ひぅっ・・・」
「そこら辺にしておいて」
涙目になった少女を庇い、尾崎はプロデューサーの襟首をつかんで放り出す。
「いや・・・何でこんな細いのにそんなに胸があるのかな、と」
「真顔でセクハラもやめて頂戴」
「そんなつもりじゃないんだが・・・おっと、もう時間だ」
プロデューサーは手元の時計を見て、
「そろそろジュニアの審査もクライマックスだな。お前たちも頑張れよ」
「はーいっ!」
「・・・うん、わかった」
「が、頑張ります」
最後に顔を赤らめて消極的な返事をしたのは、3人の中で一番背の高い涼。
プロデューサーは去り際にその少女の肩に手を置き、こっそり耳打ちする。
「いいか、ポロリには気をつけろよ。上も『下も』な」
「は、はい。・・・ええええええええええっ!?」
顔を真っ青にして口をパクパクしている『少女』を置き去りに、プロデューサーはヒラヒラと手を振ってその場を後にした。


『あれ』が『光』を手放した瞬間、『光』を消そう。
だがもし『あれ』が『光』を手放さなければ、強い『光』たちが去ってしまう前に、やはり消そう。
これほどのチャンスが二度と巡ってくるとは限らないのだから。
『あれ』が自分を消す前に強い『光』を幾許かは消せる。
『彼』は決意した。


ジュニアアイドル玉入れ合戦中のプールサイドで、プロデューサーは偵察のためにこっそりと撮影席に近づいた。
ここにはテレビ放送用メインカメラの1台が設置されている。
今現在、誰が一番注目されているのか、誰の言葉よりも如実に真実を語るのがカメラである。
カメラマンの動きとカメラの方向を確認して、しかしプロデューサーはため息をついた。
(やはり329プロの牙城は崩せないか)
この競技には亜美が参加しているはずだが、カメラは見事にちみる+有象無象という扱いで撮影している。
人ごみの中でもお構いなし、水中から拾い上げた玉を2〜3個ひょいひょいと器用に投げる騒がしい亜美の姿はよく目立つ。それでもカメラはスルーだ。
「しかし・・・頑張ってんなー」
諦めない小さなアイドルの立派な姿にプロデューサーは感心した。
終わったらカキ氷でも買ってやるか。そう思ったその時、
「あれ?」
カメラマンが素っ頓狂な声を上げた。
「どうした?問題か?」
と、ディレクターらしき男が声をかける。
「今、765プロの双海亜美が2人映ってたような・・・」
「おいおい、まだ半分も終わってないんだぞ。暑さでボケてくれるなよ」
「いやでも、確かにいたんだよ。右側と、左奥に・・・一緒には映ってないけど」
「みんな動いてんだから別の場所で映ってもおかしくないだろ」
「いやでも、そうじゃなくって」
最後まで聞かず、プロデューサーは駆け出した。
数分後。
「あ、プロデューサー!」
亜美と一緒に戻ってきたプロデューサーの姿にやよいが歓声を上げる。
亜美の頭には漫画チックな大きなたんこぶが出来上がっていたが、亜美はやってやったぜ!という笑顔。
「・・・私は止めたわよ」
ストローをくわえて、伊織は退屈そうに目をそらす。グラスの中身はもちろんオレンジジュースだ。
「止めらんなきゃ一緒だ。・・・いや、責めるつもりはないが」
プロデューサーは大きくため息をついた。
「あれだけいっぱいいたらワカンナイかなって思ってカッとなった。今では反省している」
「嘘つけ」
ずびしっ。プロデューサーはまったく懲りていない亜美に軽くチョップした。
「この暑いのに散々怒らせやがって・・・」
「まあまあ兄ちゃん。これ半分あげるから許ちてよ」
亜美はやよいに預けていたらしいフランクフルトを受け取ると、プロデューサーに突きつけた。
「フランクフルト?んなもん売ってたか?・・・って、なんだ!この白いのはなんだ!」
見るからに安っぽいフランクフルトにデロッとした白いソース(?)のような物がかかっている。ビビるプロデューサーに、やよいが得意げに語った。
「えっと、さっき『水上フランクフルト食い競争』っていうのがあって、プールの上に吊るされてるフランクフルトを口だけで取る競技なんですけど」
「・・・・・・」
「私、なんとその競技で一番だったんですよー!それで、もう1本もらってきたんです!」
「・・・で、この白いのは」
プロデューサーはハンカチでやよいの頬を拭ってやる。
「えっと、ヨーグルトソース・・・です!」
「いいえ、ケフィアよ」
伊織が違いの分かる大人っぽく訂正した。
「食べたのか?」
「食べるわけ無いでしょ!説明を聴いただけよ」
嫌そうに答える伊織。
「美味しいのに・・・」
ぱくっ
やよいがフランクフルトをくわえる。
「そんな油っぽいもの、この暑いのに食べられないわ。胸焼けしそう」
「そっかなー?酸味が効いて、不思議な味わいだよー。兄ちゃんも一口食べる?」
亜美が一口かじった食べかけを差し出すが、
「勘弁してくれ」
ゲンナリした表情でプロデューサーは断った。
「この企画考えた奴はクビだな・・・」
「え?」
「いや、こっちの話だ。それより、調子はどうだ?」
「絶好調でーすっ!」
空腹も満たされ元気いっぱいのやよい。
「えー?ゼンゼンだめだよやよいっちー。亜美たちが何しても、みんながんちゅーにないってカンジ」
笑顔満点なやよいに対し、亜美は顔を曇らせる。
(・・・脳天気に遊んでいるだけかと思ったら、意外に見るとこは見てるな)
プロデューサーは内心驚いていた。
(やはり、何だかんだ言って、亜美真美は成長が早い。やよいはまだまだだが・・・)
プロデューサーは伊織をチラリを見る。
伊織は素早く顔を逸らしたが、驚いていたような顔をしていたので思っていることは同じようだった。
「まあ、いいさ。準優勝候補には伊織の名前も挙がっているらしいし、最後まで逆転のチャンスを逃すなよ」
「うわぁ、伊織ちゃん、凄いね!」
「ふふん、当然じゃなーい♪」
やよいの憧れの眼差しに髪をさらっと掻き上げる仕草で応え、
「何でも『棒倒しデスマッチ』で無双したのが高評価だったらしいぞ」
「・・・・・・」
そのポーズのまま固まった。
亜美はポン、と手のひらを打ち、
「あー、アレだね!なんか、いおりんの相手がみんな眩しそうな顔して、いおりんに一撃でやられていったんだっけ」
「何よ!何が言いたいわけ!?」
「い、いや、俺は何も・・・くくく」
伊織は肩を震わせて笑っているプロデューサーのシャツを掴んで耳元でがなり立てた。
「ま、その調子で頑張れよ」
「ここまで来たら何だってやってやるわよ!ぜーったい優勝はいただくんだから!」

だが、そんな伊織の決意が準優勝という結果に打ち砕かれたのを皮切りに、765プロ・961プロの不調が続いた。

「今大会の新企画!『ぬるぬる!ローションカーリング』〜!!」
パフパフパフパフ!
「それでは説明に参りましょう!まず、見ての通りローションで満たしたレーンをご用意いたしました!10メートル先に見える円まで滑っていって、その中でピタリと止まってください!止まった位置によって得点が入ります!」
プールの上に用意された幅3メートルほどの橋は、15メートル手前付近でふっつり途切れている。
「ただし!1チーム2名で行ないますので、2人目が止まった時点での2人の位置で得点が決まります!カーリングと同じように、相方を弾き出さないように注意してくださいね〜!」
説明を聞き終え、響はちょんちょんと春香の肩を突っついた。
「まず、自分が先に行くぞ!」
親指で自分を指す。
「うん、お願いね、響ちゃん」
春香はコクコクと頷いた。
「自分は完璧に中心で止まるから、春香は手加減して自分にぶつからないように気をつけてくれよ」
「わ、分かった。頑張る!」
「自分たちの出番は・・・最後か〜。でもその方が目立つし他の人を観察できるし、良いことずくめだな!」
「そうなの・・・かな」
自信満々どころかすでに勝った気の響に対し、自信なさげな春香。
(響ちゃんって凄いな・・・私も見習わなくっちゃ)
そうこうしている間に、他の参加者が次々と挑戦しては脱落していった。
どうやらこの競技、見た目以上に難しいようだ。初企画ということで上手く調整できなかったのか、円の中に止まることができるアイドル自体が稀で、大抵は途中でプールに転落していった。
「どのアイドルも苦戦が続いておりますが・・・次で最後の挑戦者です!765プロ・天海春香ちゃんと961プロ・我那覇響ちゃんでーす!よく滑る、よく転ぶことには定評のある春香ちゃんですが、果たして15メートル滑りきってしまうのか!」
ここで会場大笑い。
「うぅ、恥ずかしい・・・」
「落ち込んでる場合じゃないぞ、春香!この競技に勝って、みんなを見返してやればいーんだ」
「う、うん・・・そうだね。ありがとう、響ちゃん」
「べ、別にお礼を言われるようなことじゃ・・・この競技に、じ、自分が勝つためなんだからな!」
そう言って、響は少し赤くなった頬を見られないようにさっさとスタート台へ向かう。
スタート台に立った響に、司会の合図が飛んだ。
「この異色ペア、まず響ちゃんからの挑戦です!」
「よぉーし、行っくぞー!」
軽快な踏み出しからスライディングの態勢で一気に突っ込む。
「これはどうだ!?コース取りはいいぞー!だがちょっと勢いがありすぎかー!?」
「へへーん、計算通りさっ!」
響は両手を使い、勢いを上手に殺していく。そのまま見事、円の中心で止まって見せた。
「いぇーい!!」
クールキャラはどこへやら、響はカメラに向かってVサイン。
「完っっ璧!これはお見事だー!初めて円の中心、10点のサークル内に停止したー!しかも、おっとこれは!?他のペアは10点を超えていません!この時点で勝利は確定だー!」
興奮気味に司会が喋る。春香はスタート台を前にきょろきょろ。
(ひょっとして私、滑らなくてもいいのかな・・・?)
「でもここは一応!やっぱり春香ちゃんに滑ってもらわない訳にはいきませんよね!」
「デスヨネー」
「さあ!みんなが期待している滑りっぷりをどうぞ!」
「は、はい!天海春香、行きまーすっ!」
春香は思い切って突っ込んだ。チームが勝てるようあからさまに手を抜けば、空気が冷めてしまうのは分かりきっている。
かと言って上手く得点サークルに止まる自信はない。目指すのは全力で横に滑り落ちること。それなら簡単だ。ピエロでもいい。面白くて、勝てればいいのだ。
(きっとプロデューサーさんなら褒めてくれる・・・!)
そう信じて。春香は姿勢を、
「え?あれ?」
変えられない。
「あれ?あれ?あわわわわわ・・・!」
転ぼうとした体が勝手に妙なバランスをとり、左右に緩く蛇行しながらスピードスケートのような態勢で突き進んでいく。尻餅をつこうと腰を落とせば落とすほど速度が上がった。
「え・・・?おい、春香!止まれ!止まれバカっ!」
「響ちゃ〜ん!止まらないよおおぉぉぉ!」
「どぅわあああああぁぁぁっ!」
響と激突してようやく春香は顔面からすっ転ぶことができた。
「いたっ・・・あれ、やわらか」
ざっぱーん!
春香の運動エネルギーは2人分の体重を5メートル移動させるのに十分だった。
会場は大爆笑の渦。
「さ、最高!最高や!転んだらアカンところで転び、転ばなアカンところでは絶対に転ばん!これぞ芸人の鑑やで!最近の若手も見習うて欲しいくらい完璧な笑いや!」
大物芸人が爆笑しながらスタンディングオベーションする。
オチはついたが、春香と響は貴重な勝ちを逃してしまった。

「強いっ!圧倒的に強いぞ961プロの四条貴音!この『浮島ドンケツ合戦』、どの対戦者もただの1発、1秒以内に沈めている〜っ!」
『浮島ドンケツ合戦』とは、狭くバランスの悪い浮島に2名が背中合わせに立ち、尻で押し合って相手を水に落とした方の勝ち。いわゆる尻相撲である。
「次の試合に勝利し、5人抜きが決まれば四条貴音ちゃんの1位が確定します!次の対戦相手は・・・おっと、765プロ、萩原雪歩ちゃんだー!」
勝利にリーチのかかっていた他の対戦者からため息が漏れる。
「萩原雪歩ちゃんと言えば、守ってあげたくなるアイドルランキングで常にトップ3に入るか弱さが特徴ですが!これは勝利は決まったも同然か〜!?」
「いやー、しかしね、ステージ上での彼女の勢いにはね、眼を見張るものがありますよ。ひょっとしたらね、ひょっとするかもしれませんね」
「おっと、ご意見番からご贔屓の一言!さあ、逆転のチャンスはあるのか!」
注目の集まった小さな大舞台に、貴音と雪歩はゆっくりと上がった。
どちらにとってもまたとないアピールのチャンスである。
「萩原雪歩。刹那の約定に身を置いた仲とは言え、遠慮はいりません。全力でかかってきなさい」
背を向けながら、貴音はキッパリと覚悟を示してみせる。妙にカッコイイ。
「はっ、はい!四条さん・・・よ、よろしくお願いします!・・・フヒッ」
「・・・?は、萩原雪歩?大丈夫ですか?なんだか、鼻息が荒いようですが・・・」
「だ、大丈夫ですぅ・・・ふへへ、大丈夫でーす・・・ステンバーイステンバーイ」
雪歩はジリジリと間合いを詰め、貴音の背中に自分の背中を擦り合わせた。
(な、何故でしょう。背後からなにやら邪悪な気配が・・・!?)
(密着密着四条さんと密着密着水着で密着密着密着水着密着密着密着・・・)
「それでは準備はよろしいでしょうか!よーい、ドン!」
「あ」
貴音がぶるるっ、と背を震わせて竦み上がったところに、全力で密着を狙った雪歩のヒップがクリーンヒット。貴音はそのままあっさり浮島から押し出された。
凍りつく会場。
「え?・・・お、おぉーっと!これは大番狂わせだー!足を滑らせたか四条貴音!?油断に足元をすくわれたー!」
そういうことにしておこう、という司会の絶叫で、会場内がハッと我に返り、まばらな拍手が沸き上がる。
雪歩びいきの大御所が立ち上がって滂沱の涙を流しながら全力で拍手をしていたものの、会場の白けた空気が元に戻ることはなかった。
そしてもちろん、その直後に雪歩はあっさりと負けた。

「さあ、恒例の大人気種目『お着替え障害物競走』もいよいよ終盤!次に登場するのは、765プロ菊地真ちゃん・961プロ我那覇響ちゃんペアだー!どちらも運動神経に定評のある2人だけに、1位だけでなく大会新記録の期待もかかっております!」
真と響は、入り口にあるボックスの中でくじ引きで決められた衣装に水着の上から着替えている。
その衣装のまま水上障害物競走を行い、最後は透明なボックスの中で衣装を脱いで水着に戻ることになる。そこまでタイムで順位を競うのがルールだ。
「さあスタートの準備は良いでしょうか!このペアがくじ引きで選んだ衣装は・・・おおっと、これは見事!王子様とお姫様の登場だぁー!」
司会の声に会場がヒートアップする。
「ううぅ、何で水泳大会に出てまでこんな格好しなきゃならないんだ・・・」
西洋の王子様をイメージした衣装をパリッと完璧に着こなして、嘆く真。
「そ、そっちの方がマシだろ!?こ、こんな格好、走りにくいし、その、恥ずかしいぞ・・・」
普段のイメージとはかけ離れた、ふりふりフワフワのピンクのドレスに身を包んで真っ赤になる響。
「似合う!あまりに似合い過ぎている!とくに菊地真ちゃん!男でも思わず抱いて欲しいと思わずにはいられないカッコよさだー!」
(酷い言われようだよ・・・)
表情は崩さず、笑顔で手を振る真。
一般のファンはいないはずだが、会場から一斉に黄色い悲鳴が湧き上がった。
「おおっと、この歓声は他の参加者アイドルからか!?真王子は同業者にも大人気のようです!この衣装を引き当てたのは偶然か、運命か、それとも神のイタズラかぁ〜!?」
「ふふふふふ、私の見立てに間違いはないザマス!」
審判席に座っているメガネのオバサンが立ち上がった。
「やらせだぁー!やらせが発覚したぞー!しかしテレビ的に美味しいのでそのまま行っちゃいましょう!それではスタート3秒前!」
司会が強引に開始の合図をかける。真と響は慌ててスタートラインに並んだ。
「GO!!」
ホイッスルと共に2人は猛然と駆け出した。
不安定な足場など物ともせず真が先行し、動きづらいドレスながらも響が必死に喰らいつく。まるで2人で競争をしているかのように、圧倒的な速度で突き進んでいった。
しかし足場の悪い場所では真がさっと手を差し伸べ、以心伝心のチームワークで障害をクリアしていく。
「こ、これは素晴らしい!信じられないスピードだ!王子様がお姫様を巧みにエスコートしている!まるで超高速の舞踏会のようだー!」
司会が興奮してマイクに叫ぶ。第1チェックポイント通過。すでに大会記録を10秒以上更新している。
しかし、その直後だった。
「飛ぶよ!」
「だいじょぶ!」
平均台から真が飛び降り手を出そうとするが、この程度なら平気だと響も一気に飛び降りようとした。
だが、飛沫に濡れていた床面は響の想像以下の摩擦係数しか持っておらず、
「うわっ!?」
飛び降りようとして足を滑らせた響は盛大に背を投げ出す。
会場の誰もが息を飲んだ。
「響っ!」
がしっ
真の両腕が、背を強打する直前で響の体を受け止めた。そのまま、文字通りお姫様抱っこの態勢に抱き上げる。
――っきゃあああああああああああっ!!
どよめきを吹き飛ばし、女性たちの興奮と歓声で会場は黄色く塗りつぶされた。
「大丈夫、響?」
「あ、ありがとう・・・だぞ」
「よし、このまま行くよ!」
「え、ちょっ、大丈夫だって!」
真はそのまま走りだす。走りながら、こっそりと話しかけた。
「今の転び方、足痛めたんじゃないの?」
「う・・・」
響は右足に違和感のような疼きが発生していることに気づいていた。
「よ、よく分かったな」
「ダンスの練習で転ぶことなんてしょっちゅうだからね」
快活に笑って、真はウィンク。響はさらに頬を紅潮させた。ドキドキの心情を悟られぬよう、顔をそらす。
「真が女の子に人気がある理由、分かった気がするぞ・・・」
「え?」
「ううん、なんでもない」
真は響を抱えて不安定な足場を疾走する。
「さあ、まさかのアクシデントを切り抜けた王子様。そのままお姫様を抱えて再開!美しい光景です!」
「しかしこれは、ルール的にアリなんですかねぇ?」
「アリざます!アリざますよ!」
「紛糾する審査員席は放っておいて、そろそろゴールも近づいてまいりました!先程のアクシデントでタイムロスはあったものの、大会新記録はほぼ間違い無しというペースです!」
「よし、ラストの直線!このまま・・・」
ぴゅうっ
突如、海から吹き抜ける強い潮風が、ばあっと響のスカートを捲り上げる。
響の膝を持ち上げている真の腕はスカートの中に差し込まれるような形になっていたため、響の眩しい太ももまで一気に顕になった。
――うおおおおおおおおおっ!?
今度は野郎どもの雄叫びが木霊する。
「ひええっ!?真!ス、スカート!スカートが!」
「何言ってんだよ。中に着てるのは水着だろ?」
「そうだけどっ!そうだけど!恥ずかしいんだよー!」
両手でドレスの裾を押さえ、真っ赤になってジタバタするお姫様。
「しょうがないなぁ・・・」
やたら風を受け止めやすい形のスカートを戻してやった瞬間、真の足が今まで無かった位置に出現したドレスの裾を思いっきり踏んづけた。
「どぇああああっ!?」
つんのめるような態勢で響をプールに放り出し、その勢いで真もプールに転落してしまう。
「ああっと!ゴール目前で2度目のアクシデント!王子様がシンデレラの裾を踏んづけたー!真・響ペア無念のリタイア!ガラスの靴も残さず去って行きました!」
「いやー残念ながら零時は過ぎてしまったようですねー」
「上手いこと言ったつもりかー!」
響が沈まないように支えながら、真は腕を振り上げて抗議した。

「見た目だけが全てじゃない!知性も立派なアピールポイント!『チキチキ!滑り台クイズ』〜!」
万雷の拍手に迎えられ、巨大な可動滑り台の端に座ったのは千早と貴音の2人。
「こちらのクイズはですね、2人1組のペアになっていただき、4組ずつで争われます!順番にクイズが出題されますので、1組ごとに回答していただきます!正解できなかった場合は滑り台がどんどん上がっていきます!また5問ごとに出題される早押しクイズでは、正解した組以外の滑り台がすべて上がってしまいます!ペアの片方でも落ちた場合は失格となってしまいますので、皆さん頑張ってください!」
「よろしくお願いします。如月千早」
「こちらこそお願いします。四条さん」
ヒートアップする会場をヨソに、涼し気な2人が微笑を交し合う。
「以上が第1回戦の参加者となります!注目はやはり765プロ・如月千早ちゃんと961プロ・四条貴音ちゃんのペアでしょうか!どちらも知性派アイドルの筆頭格!他の組がこの2人を崩せるのかどうかが見所になりそうです!」
「随分と・・・こう、対照的な組み合わせですねぇ」
「ストライクゾーンの上限と下限が組み合わさったみたいで僕は好きですけどねぇ」
などと、審査員席でのやり取り。当然全て会場にもテレビにも流れている。
「・・・くっ」
「如月千早?」
「なんでもありませんっ」
審査員席の会話はなおも続く。
「そう言えば、今日はやけに765プロと961プロの組み合わせを見ますね〜」
「一部では仲が悪いと噂のプロダクション同士ですが、噂は所詮噂ということでしょうか」
「それでは、第1回戦、スタートいたしましょう!」
適当なところで司会が打ち切り、競技をスタートさせた。各アイドルペアが健闘する中、
「それでは、千早・貴音ペアへの問題です!最近女性の間でファッションとして流行している、ごく小さな花柄を布面にびっしりと配した全体柄のことを何柄と呼ぶでしょうか!」
千早は一筋の汗を流した。
「くっ・・・四条さん、分かりますか?」
「申し訳ありません。わたくし、俗世のことについては疎くて・・・」
「私もです。あまり流行りものには詳しくなくて・・・」
虚しく不正解のブザーが鳴る。
「ああっと時間切れです!千早・貴音ペアの滑り台が1段階上がります!緊張しているのでしょうか?まだまだ余裕なので頑張ってください!」
その後の早押し問題も回答権が得られず、滑り台の高さは2段階目に達した。
「千早・貴音ペアへの第2問!これはちょっと難問でしょうか!平安時代に成立したとされる歌物語で、多数の和歌と短い文で構成された、在五中将物語とも呼ばれるこの作品の名前は何!」
(古典文学の問題!きっと四条さんなら・・・)
「・・・?」
千早が期待の眼差しを向けると、貴音は困ったように首を傾げていた。問題の意味すら分かっていないといった風に。
「あの、四条さん?」
「あいすみません、わたくし、世俗のことには疎くて・・・」
「えええっ!?これも世俗ですか!?いえ、分からない私が言うのもなんですけど・・・」
ブブーッ
「ハイ、時間切れです!おおっと、どうした!?まさかの2連続不正解!不得意ジャンルにぶつかってしまったのか!?」
再び滑り台の角度が上昇する。そろそろ、何かに掴まらなければ滑り落ちてしまう角度になってきた。
出番が他へ移ったのを確認してから、千早はマイクに乗らないように貴音に話しかける。
「四条さん、少し整理しましょう」
「整理、とは?」
「私たちの得意なジャンルについてです」
「なるほど、味方の戦力を把握する・・・善い考えだと思います」
「はい。私は音楽全般なら任せてください。あと一般教養と、授業で習う程度の知識であれば多少自信があります」
「わたくしは・・・ええと・・・」
貴音は顎に手を当ててしばらく考えて、何かを閃いたのかパッと顔を明るくして、キリッとした表情で答えた。
「らぁめんのことについてなら、少々」
千早は青ざめた。
「それでは早押し問題です!ラーメンの麺は、小麦粉にアルカリ塩水溶液を添加して作られますが、その水溶液のことを」
ッスピポーン!!
光速の早押しで貴音が回答ボタンを叩く。
「答えは鹹水です!」
「せ、正解!ようやくエンジンがかかってきたかー!?挽回なるか千早・貴音ペア!」
「どうです?如月千早」
ドヤ顔。
「す、凄いです・・・」
(本当にラーメンのことだけなんだわ・・・)
別の意味で千早は驚愕していた。
その後、作曲家の問題を千早がやはり光速で回答しただけで、2人は着実に不正解を重ねていく。
「いやー、何と言うか壮観ですねぇ。化けの皮が剥がれたというか」
「知性派と思わせて完璧に肉体派だったんですねぇ」
「しかし見てくださいよあの腹筋。一度触ってみたくなりませんか?」
凄まじい高さになった滑り台に、しかし2人は体を震わせながら全力でしがみついていた。
だがその扱いはバラエティ枠に転落している。もう言われたい放題だ。
「えー!これ以上高さを上げると危険なため、次の不正解で千早・貴音ペアは失格となります!」
そんな開催者判断が入るほどの高さに達していた。
「・・・分かりました・・・くっ・・・!」
「承知・・・いたしましたっ・・・!」
ちなみに他の3組のうち2組はそこそこの高さで脱落している。まさに力技で生き残っていた。
「それでは千早・貴音ペアへの問題です!日本の五円硬貨に描かれている、工業や労働者を象徴する意匠とは何でしょう!」
後はない。ダメもとでも答えるしかない。
「・・・四条さんっ・・・!」
「わたくしにお任せを・・・!」
懇願するような千早の視線に、貴音は力強く頷いた。
「答えは・・・ナルト、ですっ」
千早は9393顔で落ちていった。
「ああっ!如月千早!」
「ディレクターがさっさと落ちろとキレるくらい粘った如月千早だったが、ついにここでギブアップだー!しかし答えが間違っているのでどっちにしても失格だ!正解は歯車でした!形は似てますけどねぇ」
「無念・・・っ!」
「はいはーい、貴音ちゃんもさっさと落ちてくださいねー」
「飛沫水 独りでかぶる 寂しさよ(ああ、愛しいあなたが先立ってしまい、あなたが飛び込んだ水飛沫を独り浴びてしまうことほど悲しいことはない)」
辞世の句を読むと、千早を追って貴音も一息に入水した。


気がつけば『あれ』が持つ『光』が弱くなっていた。
いや、『あれ』が強い『光』を手放し、直後に弱い『光』に代わったのだ。
彼は慎重にも、強い『光』が手放された瞬間には仕掛けなかった。
もう少し、待とう。次は弱い『光』すら手放すかもしれない。


765プロ・961プロの珍プレーに、プールサイドのベンチで息もできないほど笑い転げている男が一人。765プロのプロデューサーである。
「あっはっはっはっは!ひーはははははは!は、腹が・・・!くくく、くくくくくあははははははは!」
「笑い事じゃないぞ、貴様!」
腹を抱えて涙を浮かべているプロデューサーを一喝するのは、黒井社長。
「あぁ、黒井社長!いやぁ最高ですね!ふははははは!」
「何を笑っている!足を引っ張るなとあれほど言っておいただろうがっ!765プロようなお笑い事務所が笑いものにされるのは構わないが、響ちゃんと貴音ちゃんまで巻き込むとはどういうつもりだ、貴様!」
「そうですか?俺はみんな最高の結果を出していると思いますが。ほら、見てくださいよ」
思いもよらない展開の連続に、会場はかつてない盛り上がりを見せていた。それはもう水着鑑賞会という裏の名目を吹き飛ばした、純然たるアイドルの魅力を発揮し、見せる場としての番組である。
765プロ・961プロの6人は、すっかりその番組の主役に躍り出ていた。カメラだけじゃない、審査員も、スタッフも、時には他のアイドルでさえ、彼女らの一挙手一投足に注目している。
全力で、ありのままで。彼女らがそうするように、他のアイドルも各々の個性や魅力を存分に発揮し始めていた。
「いい笑顔をしていますよ。貴方のところのアイドルも」
「ふん!しかし、結局は勝てなければ意味がない!」
「勝ちか負けか・・・もう勝ってると思いますけどね。たとえ試合に負けても勝負には勝っている。そう思いませんか?」
「それは敗者の負け惜しみだ!我が961プロは、勝負にも試合にも勝つ」
「・・・貴方の目は曇っていますよ」
「何だと!?」
その時、プロデューサーの通信機が鳴り響いた。
「失礼・・・もしもし、久保です」
『あああ、プロデューサーさ〜ん!真美ちゃんを止めてください!』
「小鳥さん?」
IDOLチームの緊急通信を使って呼びかけてきたのは、765プロ事務員・音無小鳥である。
緊急出動に備えて全IDOLは前日にうちに移送し、近隣の空き地に待機している。小鳥の役目はその管理だった。
『さっきいきなりこっちに来たと思ったら、テンペスタースに閉じこもっちゃって』
(ちょっと怒りすぎたか?)
『それで、ネーブラの代わりに会場の警備をやりだすって言って聞かなくて・・・うわっ、テンペスタース起動始めちゃいました〜!』
「真美に繋いでください!」
『はっ、はい!』
「おい真美!何やってる!」
『ふ〜んだ!真美一人でもテンちゃん動かせるんだからね!』
パイロットが1人欠ければ出力は半分。さすがに戦闘行動は無理だが、移動ぐらいなら何の問題もない。
「それは知ってる!馬鹿なことやってないで大人しくしてろ!」
『やっだもんね〜!怒りんぼの兄ちゃんの言うことなんか聞かないもんね!べーっだ!』
「このヤロ・・・いい加減にしないと」
『あ!さっきね、ピヨちゃんが紐みたいなすんごいせくちーな水着で、鏡の前で一人でポーズ取ってたよ〜』
話を逸らすための嘘だとプロデューサーが思った瞬間、小鳥が慌てたような声で、
『う、ウソ!見られてたの!?』
「・・・・・・」
『んっふっふ〜、兄ちゃん今想像したでしょー?兄ちゃんのエッチ〜♪』
「い、いや、俺はだな・・・」
慌てふためきながら、プロデューサーは弁明を試みる。
『想像、したんですか・・・?プロデューサーさん』
「いえ、その・・・」
『どうなんですか』
「・・・・・・えー」
『したんですね?』
小鳥の得体の知れない迫力に、プロデューサーは思わず受話器越しに頭を下げる。
「す、スイマセン」
『・・・プロデューサーさんの、えっち』
消え入りそうな声で、小鳥が呟いた。
(う・・・何だその反応!?いっそ怒鳴ってくれるぐらいじゃないとリアクションが取り辛いっ・・・!)
ぼすーん!
次の瞬間、派手な音を立てて擬態幕を吹き飛ばし、会場からやや離れた場所にテンペスタースが出現した。
「しまった!」
2人が固まっている隙に、ついに真美が動き出してしまった。
『プロデューサー!これは一体どういうことです!?』
ネーブラに搭乗している律子から通信が飛んでくる。
「真美がテンペスタースを勝手に動かしてる!馬鹿やらかす前に捕まえてくれ!できるか!?」
『私一人じゃ無理だと思うけど・・・やってみる!』
テンペスタースの出現によって会場に異変が伝わり、騒ぎになり始めていた。
黒井社長がプロデューサーに詰め寄る。
「これは一体何の騒ぎだ!はっ、まさか・・・そうか、なるほどな!自分たちが勝てないから番組そのものを潰してしまおうという腹か!汚いな!流石765プロ汚い!」
「はぁ?何言ってんですか貴方は・・・誰か今すぐ出れる奴いるか!」
黒井社長を無視して、プロデューサーは通信機に呼びかける。即座に反応があったのは一人。
『ひっく、ひっく、出撃ですかぁ・・・?』
「その声は雪歩か!今どこにいる!」
『フリゴリスと一緒にぃ、穴掘って埋まってますぅ・・・』
「え?よく分からんが丁度いい!真美を捕まえてくれ!」
「ふはははは!765プロめ、そうはいかんぞ!貴音ちゃん、響ちゃん、君たちも出撃だ!」
いつの間に捕まえたのか、黒井社長の後ろにはプロジェクトフェアリーの2人が並んでいた。
「何か、絶対に自分たちは出て行かないほうがいい気がするぞ」
と、呆れ顔の響。
「向こうが約定を違えるつもりならば、仕方ありません。――レオリカ!」
「え、おい、貴音!?」
貴音の足元に光の輪が現れる。貴音は響の腕を捕まえると、光の中に吸い込まれるように消えた。


機は熟した。『彼』はそう判断した。
新しく現れた『あれ』は、やはり弱い『光』しか持っていなかった。
新しく『あれ』が現れたときには機を逃したかと思ったが、そうではなかったようだ。
これ以上は待っていられない。強い『光』をもった『あれ』が現れる前に、ここにいる『光』たちを消そう。
弱い『光』しか持たぬ『あれ』では、今の自分をすぐには止められまい。
その間に、あの『光』たちの半分は消せる。


突如、海面を割ってミレスが1機飛び出してきた!
それは無造作に、無慈悲に、何の対応も取れていない千人超の人間に向かって銃口を向け――
何もない空間から光とともに現れたIDOLと、
そのIDOLに無理やり連れて来られたように見えるIDOLと、
浜辺から砂塵を巻き上げながら突き出てきたIDOLに、すべての攻撃がブチ当たる。
そして、瞬間的に展開されたレモティオによって3機とも無傷に終わった。
「え?アンドラム!?」
「真美を止めるって話じゃなかったんですか?」
続けて、紅色のIDOLと、翼の生えたIDOLが現れ、ミレスの退路を塞ぐ。
「よっと・・・律子と相乗りするとは思わなかったよ」
「え〜〜と・・・ふぁっはっは!真美のよちのーりょくで、敵の出現を事前に察知したのだぁ〜!」
「真美、流石だよ〜!」
最後に、弱い光しか持っていなかったはずのあれに強い光が加わって、ミレスの左右を固めた。


『彼』は悟った。
自分は愚かではなかった。
しかし、すこぶる運が悪いと――


結局、インベルのパンチ一発で、頭部に損傷のあったミレスをよく分からないまま撃破。
流石にこんなところでモンデンキントと一戦を交えるわけにもいかず、IDOL全機大集合の時間はすぐに終わりを告げた。
意図せずしてロボット野郎も大興奮の演出となったが、実際にIDOL達が放映されることはなかった。
会場にはデモンストレーションということで場を納めたが、あとで報告書の山が待っているのは想像に難くない。
「しばらく徹夜かな、こりゃ・・・」
ボヤいて、プロデューサーはタバコを取り出す。火をつけようとライターを取り出したところで、
「ちょっとアナタ!ここは禁煙ですわよ!?」
「む」
「まったく・・・非常識にもほどがありましてよ!」
お嬢様言葉のキンキン声で、キツい台詞が飛んできた。
タバコをしまって振り向けば、そこにはいかにもお嬢様然とした縦ロールの女性。さも当然とばかりに水着をまとっている。
「・・・・・・」
「ちょっと、ちゃんと反省していますの?」
「神秘の山、チョモランマ・・・」
「へ?」
大きい。それは間違いない。
しかし大きいことは絶対の正義ではない。200センチもバストがあれば、普通の人ならまずヒく。
ならばもっとも適切な大きさとはいくつなのか?
それは観測者の嗜好に帰結し絶対の正解は存在しない。
あるいは形、あるいはトップとアンダーの差、あるいはあばら周りや肩口にかかるラインの好みまで勘案すれば、『究極の、あるいは至高のおっぱい』の解は無数に存在する。まさにカオス。まさに大宇宙の神秘である。
だが、現代物理学にはあらゆる仮説があり、宇宙の理を一つの数式で表せれる可能性も指摘されている。
では、『究極の、あるいは至高のおっぱいとして定義できるおっぱいの可能性』はどうか――?
その解となりえる偉大な山が目の前に存在している。値の大きさ、曲線の係数、切片ともに申し分ない。何より、
「特異点が美しい・・・」
ほう、と溜息をつく。まさか『その部分』が芸術の評価対象になるとは想像すらしていなかった。
見ていると、思わず吸い込まれたくなる山間。断崖からでも飛び込んでみたい。それは自己破壊衝動の甘い欲求にも似ている。
だが、その先にあるのは破滅ではなく、おそらく至福。
紐解きたい。この数式の解が欲しい。
思わず手を伸ばしそうになるが、恐ろしくなるほど心のずっと奥底から、その手を呼び止める声。
――いいのか?観測してしまっていいのか?最高のおっぱいを観測してしまえば、後に待つのは全て『それ以下』のおっぱいしかないという絶望だぞ!
「それでも・・・俺はっ!」
「ちょっと誰か!この失礼な男を警備員に突き出してくださいまし!」
「え?誰が失礼だって?」
「いきなり訳の分からないことをぶつぶつと言い出したかと思えば、女性の胸部を穴が開くほど覗き見るのは失礼でないと・・・!?」
そう言いながら、腕を組んで隠すことなく胸部を強調して見せるのは、やはりそれなりの自信があるからだろうか。
「ここはどこかしら・・・あら〜、プロデューサーさん?それに、眞子さんも」
「あずさじゃない。この無礼者と知り合いなの?」
そこへ、いつも通り道に迷ったらしいあずさが現れた。
「ヒマラヤ山脈・・・!」
眞子と呼ばれた女性はヒールでプロデューサーを張り倒す。
「あらあら、いつの間に仲良くなったんですか〜?」
「この男が誰か知らないけど、一生仲良くしたいとは思えない人種ね」
「うふふ、この方は私のプロデューサーさんです」
「こいつが、あずさの・・・!?」
「まあそういうことだ。よろしく」
プロデューサーはいつの間にやら取り出した名刺を差し出した。
眞子はそれを受け取りつつも、、
「信じられない・・・!あずさ、こいつに変なことさせられてない!?」
あずさの両肩をしっかと掴んだ。
(響といいコイツといい、なぜ俺を変態のように扱うんだ・・・)
憮然とするプロデューサー。
「何か困ったことがあったらいつでも言いなさい。嘉谷家の全力を持ってこの男の戸籍を抹消し・・・はっ!まさか最近の活動休止はこの男のせい・・・今すぐ存在を抹消して差し上げますわ!」
眞子の指パッチンに併せて、黒服の男どもが統制の取れた動きで整列した。
「おいおいおいおい!お前の後ろに控えてる黒服ガイジン軍団は何だ!掴まったら100%がめおべらだぞ!」
「落ち着いて、眞子さん。私が今活動していないのは、もっと別の事情があるの」
「・・・そう。あずさが言うなら」
黒服たちは、眞子の手の動きに従って一瞬で消えた。
「すげー・・・ん?眞子?嘉谷、眞子か?」
「あ、はい〜。紹介が遅れました。329プロの、嘉谷眞子さんです」
「嘉谷眞子よ。あまりよろしくしたくはないけど、社交辞令で、よろしく」
「そいつはどうも」
かっ、とヒールの音を立てて、眞子はプロデューサーに詰め寄った。
「授賞式まであまり時間がないので手短に。三浦あずさを再デビューさせる予定は?」
「ま、眞子さん・・・」
「・・・機会があれば、無論、いつでも」
「それを聞いて安心しましたわ」
眞子は頷くと、一歩引いてあずさに向き直った。
「今回もグラドル部門は私の優勝で間違いなしですわ。・・・2年後、今度はグラドル部門で私と勝負なさい。それまで、『グラビアの女王』の座は私が預かっておきますわ」
「分かりました。私も、負けないように頑張りますね」
「絶対、戻ってきなさいよ」
「眞子さ〜んっ!授賞式始まっちゃいますよー!」
「マコねぇ〜っ!早く早くー!」
遠くで眞子を呼ぶ2人の声。ちみると智美枝が姉妹のように並んでいた。
「今行きますわ!・・・それでは、ごきげんよう」
眞子は足早に立ち去っていった。
「どういった知り合いです?」
「一昨年の大会で私がアイドル部門で優勝して・・・グラドル部門で優勝した眞子さんを差し置いて、『グラビアの女王』なんて呼ばれるようになっちゃったから・・・」
「なるほど。突っかかってきた、と」
プロデューサーとあずさは苦笑。
「ええ。でも一緒にお仕事をさせていただくうちに、仲良くなったんですよ」
「根はいい奴なんでしょうね」
「はい〜。とても。うふふ」
プロデューサーは真面目な表情になって、
「再デビュー、考えなきゃいけませんね、これは」
「でも、プロデューサーさん。私は・・・」
「あんなジンクス、信じる必要はないですよ。『IDOLの操縦ができなくなったら、アイドルとしての才能もなくなる』なんて馬鹿げてる。今は単に、モンデンキントジャパンがあずささんの知識を必要としているんです」
「そう・・・ですよね」
「あずささんが司令の任を降りられたら、また、でっかい花火を打ち上げましょう」
全ての競技の終了を告げる六尺玉が、夕焼け空に弾けた。
プロデューサーの言葉は、ただの慰めだったのかもしれない。
「はいっ」
しかしそれでも、あずさは微笑んで、頷いた。

いよいよ番組最後のプログラムとなる授賞式が始まった。
前評判通り329プロがジュニア部門、グラドル部門で2冠を達成し、期待のかかるアイドル部門の発表へ。
「それでは発表いたします!アイドル部門優勝者は・・・」
ドラムロールが否応なく会場の期待を盛り上げ、そして。
「765プロ、天海春香!」
じゃんっ!
「・・・・・・へ?」
まさか自分にスポットライトが当たるとは欠片も思っていなかった春香の、気の抜けきった表情が巨大なスクリーンテレビにどアップで映しだされてしまう。
「あのバカ・・・」
プロデューサーは喜ぶより先に、額に手を当てた。
「え・・・?え・・・?ウソ、やっっ」
「続いて同じく765プロ、如月千早!」
喜び勇んで立ち上がろうとしてずっこける春香。周囲から笑いが巻き起こる。
「はははは、えー、続けて発表いたします。765プロ、菊地真!萩原雪歩!そして、961プロから我那覇響、四条貴音!以上の6名となりました!」
確かに、という拍手と、何故、というざわめきに会場は一気に騒がしくなった。
審査委員長がマイクを片手に壇上に上がる。
「えー、皆様、ご静粛に。今回の審議は大変紛糾いたしました。優勝者を1名に絞ることが難しく、審議に審議を重ねた結果、765プロ・961プロ両プロダクションの6名を優勝とすることといたします。彼女らの活躍については皆さんもうご存知だと思います。先頭に立って大会を盛り立て、視聴者ならず参加する全ての人間に等しく楽しい時間を与えてくれました。改めて、感謝の意とともに、盛大な拍手を贈りたいと思います」
そう締め括ると、会場は暖かい拍手で包まれた。
「それでは、優勝者の方々は壇上へ――」
プロデューサーは強い拍手で6人を見送ると、あるプランを胸に急ぎステージ裏へ回る。
「ちみ姉ぇ・・・」
「智美枝、胸を張りなさい。あなたは頑張ったわ」
聞き覚えのある声に足を止めれば、トロフィーを持つ2人に挟まれ、泣いている少女の姿。
喜びに跳ねる者あれば、悲しみに暮れる者もいる。この業界の常だ。
「さあ、涙を拭きなさい。あなたは準優勝なのよ?次に壇上に上がらなくてはいけないわ」
「はい、お姉さま・・・ううっ」
プロデューサーは黙って背を向ける。同情はしなかった。勝者からの同情ほど、敗者を侮辱する行為はない。

こうして、波乱に満ちたアイドル水泳大会は終了した。
お祭り騒ぎの後に待つのは、お祭りを締めくくるためのお祭り。後夜祭である。
「765プロ・961プロチーム集合っ」
プロデューサーの号令の下に、授賞式を終えた13人のアイドルが集まった。
「えー、これから後夜祭のステージで歌うことになるわけだが・・・全員で歌おうか!」
にんまりと満面の笑顔でプロデューサーが告げる。
アイドルたちは一瞬ぽかんとして、
「「「「ええーーーっ!?」」」」
と異口同音に驚いた。
「テンプレート的な反応ありがとう。俺もまさかこんな展開になるとは思ってなかったからな。せっかくだから全員で歌わせてもらえるようにディレクターに掛け合ってきた。急ごしらえだがセットリストは・・・」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!全員って、まさか、私とあずささんもですか!?」
「もちろんだ」
「プロデューサー殿、わたくし達は黒井社長殿の許可を得ないことには・・・」
「それも今さっき話つけてきた。セットリスト見せて、響と貴音の2人だけで2曲歌っていいと言ったら折れたぞ」
「で、でも、自分765プロの歌なんて練習してないぞ!?」
「ほら歌詞表だ。後はぶっつけ本番で適当にやれ。と言うか、やってみせろ」
「無茶苦茶ですね・・・」
「無茶は承知!」
「私とやよいと亜美も出ていいワケ?」
「無論だ」
「ミキも出るの〜?あふぅ」
「いつまで寝ぼけてるんだ。お前も出るんだよ!」
プロデューサーがセットリストと歌詞表を配ると、優勝の浮かれ気分も消え一気に慌しくなってきた。
「衣装はどうするんです?」
「当然水着だ!」
「やーりぃ!」
「あ、あの・・・振り付けとか歌詞割りは・・・」
「んなもん適当だ適当!勢いでやれ!」
「そ、そんなぁ〜」
メイクは、演出は、カメラは、順番は、と喧々囂々の嵐の中、
「・・・・・・」
くいっ
真美が、プロデューサーの袖を弱く引っ張った。
「・・・ねぇ、兄ちゃん、真美は?」
今にも泣き出しそうな顔。結果は分かっているのに、縋りつかずにはいられない。そんな表情。
プロデューサーは目を伏せ、冷たくキッパリと言い放つ。
「・・・勝手にIDOLを動かした罰だ。俺と一緒にステージ裏で見とけ」
真美の顔から一瞬表情が消え――
「と、言いたいところだが」
プロデューサーは表情柔らかく、真美の頭に手をポンと乗せ、
「今日はお祭りだ。皆と一緒に歌って来い」
「・・・ホント?ホントにいいの!?」
「ああ。ただし、髪は解いて伊達メガネを着用、あとメイクも亜美とは少し変えるからな」
「やったー!!やったやったやったー!!兄ちゃんダイスキー!!!」
真美はぎゅっとプロデューサーの腕に抱きついた。
「あらあら〜、良かったわね。うふふ」
「でも、実際のところ、大丈夫なんですか?」
「13人もいるんだ。簡単にゃわかりゃしないさ。スタッフには候補生も出すと伝えてあるし、大丈夫だろ」
「あの〜、プロデューサー!最初の歌の、歌詞の、この部分なんですけど・・・」
「ん?ああ、よく気づいたな、やよい。確かにこのままじゃ足りないな」
プロデューサーはペンを取り出し、
「符割りは・・・〜〜♪〜〜〜♪〜〜♪〜♪〜〜〜〜♪か。じゃあスラスラスラっと。はい出来た」
「おー、兄ちゃんすごーい!完璧だよ!」
「喜んでないで、歌詞間違えないようにしろよ。皆にも伝えて来い」
「ラジャー☆」
後夜祭ステージの開幕まで時間がない。亜美とやよいは歌詞表を持って走っていった。
仲良くやり取りする13人のアイドルを見ながら、プロデューサーは両手を上げて背筋を伸ばす。満足そうな顔。
「さて、吉と出るか凶と出るか」
「やっぱり、アナタの差し金でしたのね」
「ん?」
掛けられた声に振り向けば、両腕を組んで無駄に偉そうに眞子が立っていた。その後ろに少し離れて、智美枝とちみるの2人が並ぶ。
「おお、腕が見えん」
「だ・か・ら、どこを見てますの!?」
「いや、なんでもないぞー」
「まったく・・・何の騒ぎか知りませんが、本来ならみちるだけで歌うはずが、329プロにまで3人での出演依頼が飛んできましたわ。私なんてグラビアアイドルなのに、ですよ?」
「まあ別にいいんじゃないか?グラドルが歌って踊っても」
「確かに・・・相手の土俵だろうと三浦あずさに負けないことを証明するには良い機会ではありますわ」
(すげぇ自信・・・)
プロデューサーが呆れつつ眞子の後ろの2人に視線を向けると、智美枝が深くお辞儀をした。
「ともあれ、ちみえがどうしてもお礼をと言うので、こうしてやってきた次第です」
「お礼ね・・・まあきっかけはウチかも知れんが、別にそっちにまで何かするようには言ってないぞ」
「あら、そうでしたの。では先ほどのお礼は撤回させていただくことにしますわ」
「ぐっ・・・」
「ふふふ、それではまた。ごきげんよう」
悔しそうな顔のプロデューサーに微笑んでみせ、眞子は踵を返す。
だが、その微笑みは、心からの喜びを表現しているようにも見えた。
「・・・やれやれ」
プロデューサーは後ろ頭を掻きながら、ステージに視線を戻す。
いよいよ後夜祭の始まりだ。
「それでは、今大会アイドル部門で優勝した765プロ・961プロ全員によるステージです!」
ステージの上、銀に輝くスポットライトの中に、13人のアイドル達が並ぶ。
そこは、真夏の浜辺よりも熱い世界だ。
「1曲目は――『Colorful days』!!」

第11話・了