△搬蠅靴燭テーマはここまでしか考えていないから最終回になるかも。
そんな第二回目。
プロデューサーのハリウッド研修の意味を考えていこう。

プロデューサーがハリウッド研修に行くという話はあったが、すぐにアイドルたちは立ち直るしEDですぐ帰ってくるし何の意味があったんだ・・・という人は、この劇場版の半分も理解できていない。もう1回見に行こう。

まずハリウッド研修にどんな効果があったか。
アイドルたちの団結が強まったマル。以上である。(ひとまず)
プロデューサーが言ってたじゃないか。「前より問題がないくらいだ」と。
小鳥さんが言ってたじゃないか。「寂しいから頑張ってるじゃないかな」と。
つまり、プロデューサーのハリウッド研修については最初から特段描くことがないのである。
ただし、伊織の台詞からみんなが「プロデューサーが日本を発つ前の特別なライブ」として意識しているのは明白で、小鳥さんの台詞を裏付ける形となる。
それが密かに春香に与えている心理的プレッシャーは、TV版を見た人なら特に読めていい話だ。

そもそも劇場版アイマスとはどんな話なのか。
それは純然たる人間ドラマである。
アイドルたちは徹底的に大きな問題に直面しない。
世界の危機は訪れないし誰かが病気になるわけでも事故が起きるわけでもないし社長が事務所の金を持ち逃げするわけでもないし刃傷沙汰も恋愛沙汰もありはしない。
アリーナライブを開催するがアリーナライブの開催自体に何か問題が出るわけじゃない。もう可奈の問題が解決した時点でアリーナライブの成功はあっさり約束される。
だって物語の主題がそこじゃないから。

プロデューサーのハリウッド研修ですら、同様に問題にはならない。
某ラなんとかでは、メンバー1人の留学を巡って主人公と喧嘩し仲違いをするシナリオであった。
言い方は悪いが、あれほど子供ではないのだ。765プロのみんなは。
降って湧いたような留学という別れのシナリオ要素ではなく、プロデューサー自身が劇中で説明したように、アイドルたちをより高みのステージへ連れて行くための未来に繋がる要素なのだ。
真剣にハリウッド研修が意味を持つとすれば、劇場版のその先、帰ってきた後の話になる。

そこでまた基本に立ち返ろう。劇場版アイマスとはどんな話だったか。
人間ドラマであるというのは、あくまで回答の半分でしかない。
ここで大切になってくるのは「輝きの向こう側へ」という副題。
そして『輝きの向こう側』とはなんなのかという疑問である。
よく考えて欲しい。この映画のクライマックスはもちろん春香と可奈のやりとりなのだが、この映画にはそのシーンとは無関係な要素があまりにも多い。(正確には無関係ではないが)
特に目立つのがハリウッド研修と、千早の母親の話だ。
千早の母親の話もまた、映画のメインシナリオには絡まない。そのことで悶着が起きるわけでもないし、そもそも千早の母親がライブに来たかどうかすら描写されていない。
有り体に言えばこの2つはなくても春香と可奈の迎えるクライマックスは十分構成できる。
でも、この2つがなければ「輝きの向こう側へ」という副題を満たせないのだ。

プロデューサーは未来を楽しみだと語っていた。春香は未来に進みたいと言った。
「輝きの向こう側」とは、ズバリ『未来』そのものことであると私は考えている。
よく考えたら、社長が最初に書いていた。
夕陽の落ちる先、夕陽の輝きの向こうとは、明日のメタファ。未来である。
だからこそ、未来に繋がるプロデューサーのハリウッド研修は、実は必要不可欠の要素だったのだ。


・・・賞味の話、過大にドラマティックな事件がないと感動できないとか盛り上がらないとか思っている人は、ファーストフードのような刺激物ばかり摂取し過ぎであるように思える。
劇場版アイマスは着地点こそ優しい世界に基いているが、発生する問題はとてつもなく身近で、人の心の中だけの問題だ。
20話や23話であれほど劇的な話を構成したのに、劇場版大作でこれほどいぶし銀なシナリオをぶつけてくるスタッフは本当にチャレンジャーであるw
いや、長編だからこそこのスローフードなシナリオを飽きさせず丁寧に詰め込めるのだろうか。

【関連】劇場版「アイドルマスター」感想:「輝きの向こう側へ」という副題の重みについて (長椅子と本棚)
本作のパンフレットの裏表紙には、次のような英語の文言が書かれています。
The idols of 765 Productions continue on their never ending journey
――towards a new stage, towards a bright and shiny future!
(765プロのアイドルたちは、終わらない旅を続けてゆく。
 新たなステージへ、明るく輝いた未来へ!)
ここに現れる「終わらない旅」という言葉には、製作者の想いが込められているように思えてなりません。「輝きの向こう側」に待つ未来とは何なのか。一度目標を達成してしまったあとで、何を目指して、どのようにすすめばよいのか。本作はこの問いに、直接の答えを与えてはくれません。ただ、「終わらない旅」があることがぼんやりと示されるだけです。

私達自身もそうです。彼女たちと同じく、「終わらない旅」を続けなければならない。アイマスを見たあとも人生は続く。まだ見ぬ「輝きの向こう側へ」進まなければならない。こう考えると、劇場版アイドルマスターという作品の恐ろしさが見えてきます。かわいいアイドル達の姿を見に行ったと思ったら、人生の根源的な問いを突きつけられて帰ってくることになるのですから。

アイドルたちと一緒に終わらない旅を続けよう。
恐怖はある。だけど、希望もある。
みんなとなら、きっと大丈夫。