アイマスの劇場上映が終わったら記念に書こうと思っていましたが、いつまで経っても劇場上映が終わらないので(笑)先に最後の感想記事を書きます。
これまでは考察・推察を交えた文でしたが、本文は劇場版の特典ブックのインタビューやオーコメを見た後での、製作スタッフの演出意図の正解をふまえた言わば答え合わせ的な補足記事です。
正直あれだけ考察を重ねておきながら、この映画の半分、いや3割程度しか理解できていませんでした。恐るべし錦織監督。
私が見落としていた、理解できていなかった劇場版アイマスの真実。その中で特に気にかかったところをピックアップしていきます。
劇場版のネタバレどころか特典内容のネタバレも含んでいますのでご注意を。


●ただいま、プロデューサー
OPの最後に全員で「プロデューサー」と呼ぶが、アイドルによってプロデューサーの呼称は別々である。ここではあえて「プロデューサー」に統一させている。この点に触れていなかったのは不覚の極み。
監督の狙い通り、ここで「プロデューサー」と音を揃えることでスッキリとOPが締まる。その心地よさのせいで違和感を覚えなかったのだ・・・と言い訳。(※雪歩はプロデューサー呼びだしね!)
亜美真美の「プロデューサー」は貴重だ。

●千早の写っていない写真
OP明けのホワイトボードに貼られた写真。アニメ最終回からの時間の経過を感じさせる演出だが、よく見ると千早が写っていない。これは千早が写真を撮っているためである。

●合宿から後半へのフラグ
合宿に取材班が訪れる日、緊張したミリオンメンバーの動きから後半の問題に繋がる伏線が伺える。
アイドルなのに記者と目も合わせられない杏奈、転倒する百合子(百合子の介抱を行ったのはあずまこだけでミリオンメンバーには様子を伺う描写がない)、徐々に遅れる可奈、具体的なアドバイスをしない奈緒、などなど・・・。
実は志保も美奈子、奈緒に比べると僅かにダンスが遅れているのも芸コマ。
合宿の明るいシーンから一転して、ここだけ突然BGMが後半に使われる静かなものに変わる。
「ここ!ここ伏線だから!注目注目!」と全力で主張しているようなものだw
2度目を見れば伏線だと分かるが、これほど激しい自己主張をしながらなんともさり気ないシーンである。

そして「世間からの注目」という点にも注目したい。
ゴシップ記事のやり取りや、可奈との電話の直後に入るワイドショーの映像など、世間からの注目の高さは随所に描かれている。
765プロはもう「見られること」に慣れているが、ミリオンメンバーはそうではない。その様子が端的に描かれているシーンでもあるのだ。

●何故GO MY WAYだったのか
オーコメで明かされたことだが、これは完全にしてやられた。
単にテレビ版でやりそこねたからだと思っていたが、もっと深く重要な意義が隠されていた。
GO MY WAYと言えば往年のアイマスファンにとって1つ重要な意味を持つ。それは360版アイドルマスター、通称箱マスのPVだ。
すでにプロデューサーだった人も、そうでない人も、その映像美に度肝を抜かれることになる伝説の2分間。
次世代機で滑らかにGO MY WAYを踊って歌うアイドルたちの姿は、まさに革命と言っても差し支えなかった。アーケードのPS2画質とは天地の差である。
かく言う自分も未だにGO MY WAYのダンスだけは踊れるくらいに繰り返し見たPVである。
それを、後輩に見せたのだ。彼女たちは。

どうしてもそれをミリオンメンバーに見せたかったと監督は言っていた。
誰もが驚愕したあのステージを後輩に見せること・・・これからのアイマスに大切な「何か」がこの映画には含まれている。そこまで考えて作られている。これはそういう作品だ。

●美希と頭ぽんぽん
これは公開当初から囁かれていたことだが、個人的にはシーンとしてちゃんと描かれていないので考慮対象外としていた事象が1つある。
それは「美希はプロデューサーが春香の頭を撫でたところを目撃したのではないか?」という謎である。
そのシーンの後から美希は頻繁に自分の髪を触るようになる・・・!というのが論拠らしいが、実際に触っているのは直後の布団での会話とトイレでの会話シーンだけである。
なので証拠不十分としてスルーしていたのだが・・・特典冊子にはバッチリと真実が書かれていました。美希見てます。見ちゃってます。あああああああああ(´;ω;`)
スタッフはどんだけ美希をイジメたら気が済むんだ!ただでさえリーダーに選ばれなくて辛いところに、リーダーに選ばれた春香だけ頭ぽんぽんって・・・美希の心情を想うだけで涙が出る。
もし今後再び765プロが何らかの映像作品になったとして、プロデューサーが美希の頭を撫でるシーンがあったらそれだけで号泣するだろう。

●明度の使い方
合宿が終わるシーンから後半に向けて、話も雰囲気も一気に暗くなるのは見ての通りである。
それに合わせて画の明度の落とし方も本当に激しい。貴音に「一度みなで話し合ってみては」と言われるシーンでは、個人のカラーすら判別できないほどに暗くなる。本当にアイドルアニメかと問いたくなるほどだw
挑戦的な演出とそれを可能にする技術が素晴らしい。

●ミリオンメンバー1気が強いのは
割と本を読んでいた印象しかない百合子ちゃんですが、事務所では厳しい言葉を投げつける志保を睨みつけたり、楽屋では直接咎めたりとかなり気が強い面を見せる。(ゆりしほ!)
それを考えればダンスを変えたくないと手を上げたのも実はそれほど不自然ではない、というお話。
それが一周して「自分たちは一緒にステージに立ってもいいのか」と雪歩に切り出してしまうところまで行ってしまうわけですが。

●トイレでのはるみき
劇場版アイマスで屈指の名シーンと言えばやはりトイレでの春香と美希の会話だ。
思わず弱音を出てしまう春香だが、実は同じくらい弱っていた美希の心が伺える。
春香がリーダーのことで美希を頼ってしまったことはやや不用意だったかもしれない。
春香にとって美希をライバルだと認識していないことは、美希にとっては辛い事実であるからだ。
しかし春香がそう振る舞ってしまうのは生来の性格から仕方のないことであり、美希もそれを分かっている。
だからこそ、美希はその辛さを春香にぶつけることもできず、飲み込むしかない。

だが、飲み込みきれなかった想いがふと溢れてしまう。それが、
「ハッキリ言って、悔しいな」
である。しかもこの台詞の直後に『髪を触ってから』
「春香は、ハニーに選ばれたリーダーだもん」
と続く。
リーダーに選ばれたこともそうだが、ハニーに触れてもらったことはもっと羨ましい、悔しい。しかしそれをぶつけることは出来ない。

このシーン、美希は徹底して春香と目を合わせようとしない。これは意図的な演出であることが明かされている。
美希は辛すぎて春香をまっすぐ見れないのだ。
そして出口へ向かうときの少しおどけているような、どうしていいかわからないような不思議なステップに、強く揺れ動く美希の葛藤が見て取れる。原画マンの案らしいが、見事にこれが心に迫る。
「でもイヤなわけじゃないよ。ミキも春香のほうがリーダーっぽいって思うし」
美希が美希らしくあるが故に、一番欲しいものが手に入らない。それを認めざるをえない。こんなに悲しいことがあるだろうか。
それでも美希は、トイレから出る前に呼吸を整えてから、春香としっかり向き合うのだ。
「ミキも自分がやれることをやるの。ライブ頑張ろうね」
リーダーになりたかったという思いと同じくらい、リーダーの春香を助けたい、ライブを成功させたい気持ちもあるから。
トイレを出た後、美希はどんな表情をしていただろうか?私はおそらく、泣いていたと思う。

強く、そして不器用な娘だ。美希は口でぶーぶーと文句を言っている間は言うほど不満を感じているわけではない。本当に傷ついたとき、必ず真剣な表情で静かに、心の中で泣くことを選んでしまう。
たまには弱みを見せることでプロデューサーに甘えてもいい・・・と思えるようになるには、まだ幼すぎるのだろう。

●レストランでのはるちは
劇場版アイマスで一番好きなシーンは、実はレストランでの春香と千早の会話だったりする。
2位はトイレでのはるみき、3位にアリーナ演説と続く。マスピのステージは殿堂入りかな。
大きな感動には必ず助走が必要である。約束の前に春香と千早が会話するシーン然り。これも約束を歌うステージそのものより好きだった。
このレストランでの会話は、アリーナのクライマックスへと続く全ての第一歩。春香が春香らしさを発揮するための大切な一歩である。そこにちゃんと千早を持ってきてくれるのが錦織敦史という男。

2人が会話するシーンだというのにほとんど同じ画面に2人を入れず、しかも背後からガラスに映る表情を描くという特異な構図から入る。
明るい店内ではなく暗い夜の街が背景の大部分となり、引き続き明度の低い光景が続く。
ガラスが目の前という狭い空間で心理的圧迫感を与え、かつ半分自問自答しているような印象を与えている。ちなみに、わざわざガラスに表情を描く作業は原画への負担も大きいことを付け加えておく。
ガラス側から明るく広い店内を見せる構図では、この圧迫感は出せない。
しかし、千早が春香の迷いに答えたときから、千早の顔はガラスに映らず、春香に向けた言葉となる。
そして構図が横からに切り替わり、画面にテーブルの光源が溢れる。まるで春香にとって一筋の光明であるかのように。
そこでようやく、春香と千早は顔を向き合わせるのだ。ああ、素晴らしきはるちは。
劇場アニメ史に残る屈指の演出と言ってよいだろう。

●伊織の不安
萩原邸に集まったダンスできない組の悩みが「自分たちはこのまま付いて行っていいんだろうか」ならば、水瀬邸に集まったダンスできる組の心配事は「自分たちはどうすればいいのか、どうなるのか」ということである。
前者には雪歩が「どうしたいかだけでいいんだよ」という答えを授けた。
しかし後者については、765プロの先輩たちは優柔不断なリーダー天海春香に任せっきりで具体的な意見は出していない。
それはもちろん、伊織の台詞にもある通り「天海春香は筋を通す」ことを十分理解しているからであり、それが765プロの絆でもある。だからこそ美希のライバル宣言もそこに繋がる。
だが当然ながら、日の浅いミリオンメンバーにはそれを理解することはできない。
そのギャップをどうやって埋めるのかが、この映画の主題の1つとなっている。

しかしまだ伊織にも、おそらく他のメンバーにも一抹の不安が残っていることは伊織の最後の不安げな「そうよね・・・」から伺える。
それは春香も同じく抱いていた不安であり、引いてはアリーナ演説後の765プロメンバーの涙に繋がる。
ならば「馬鹿ね。もし間違ってたって、転びそうになったって、何とかしてみせるわ。それが・・・私達でしょ」という言葉は、不安を拭いきれなかった伊織自身にも向けられた言葉だったのだろう。

●2枚の集合写真
春香の部屋に貼られていた2枚の集合写真。
1枚はテレビ版25話のもの。もう1枚は合宿の時のもの。
これは春香にとって大切な仲間が増えたことを、時間経過とともに示唆している。
いつかここに765、876、ミリオン、シンデレラ、SideM(!?)全員が写る写真が飾られるのかと思うと胸熱である。

●M@STERPIECE
改めて見れば見るほど圧巻のステージである。
劇場という舞台でステージを目一杯広く見せるため広角の構図が多い、という推察は当たっていた。
だが、それにしてもこの5分間に込められた情熱には畏敬の念すら浮かぶ。
特に2サビのカメラがぐるっと飛び回るシーン、現代の技術では物理的に実現不可能な視点を再現している。
参考にできる映像は何もなく、完全に脳内の『創造力』だけであれほど凄まじい演出のコンテを切ることができるものなのか。脳内でアリーナとアイドルの構造を完全以上に構築できていなければ到底成し得ない芸当だ。
アイドルアニメなのにアイドルがフレーム単位で画面外に飛び去っていく映像を作るという挑戦的な考えも凄いが(笑)、その数フレームでもアイドルの動きがハッキリ掴めるほど描き込まれてるのはもっと凄い。
初版では明らかにフレーム数が足りていなかったが、VideoM@ster版ではマスピのフレーム追加が目覚ましい。これでも監督はまだ足りないと言っているのだからなお恐ろしいが。
この映画に割かれた単純な作業量だけを考えても目が眩むが、錦織監督の手腕と多くのスタッフの愛がそれを可能にしてくれたと思うとただただ感謝するばかりである。

●3体のてるてる坊主
EDでアリーナライブの集合写真を飾った写真立ての前に置いてある3体のてるてる坊主は、バネP、美希、千早を現している。
不覚にも言われるまで気付かなかった。よく見れば確かに特徴が・・・。

●贈られた栞
EDで千早の持っている栞は母親から贈られたものである。
自分の推察通りです(ドヤアァァァ

●鏡を見る春香
EDで春香が鏡を見て、ふっと微笑むような表情になる2カット。
誰かに喋った記憶があるけどブログには書いてなかったかな?あれはファミレスで千早と会話してるときに春香が自分の表情を見て無理な笑顔を作るシーンの対比になっている。
鏡に写る顔も、春香の笑顔も、あの時とは180度違うもの。静止画であそこまで的確に印象を反転させられるのは見事。
そして何より、基本的にワンカットしか描かれないEDシーンで、春香の表情だけちょっとの差分しかないのにわざわざ2カット使っている。(ここ以外にはラストだけ)
いかに、いかにこの春香の表情が大切かよくわかろうというものだ。この映画の総括がここに込められている。


最後に。
私が劇場版アイマスをこんなに好きな理由は、内容の素晴らしさもさることながら、みんなで体験を共有できることの満足感が大きい。
別に知らない人にいきなり話しかけて感想を伺いたいわけじゃない。ただ同じ時間、同じ空間にいて、同じアイマスを見る。その体験こそが何よりも最も尊いのだ。
アイマスはそういう「ライブ性」とも言うべき魔力が非常に強いコンテンツだと思うし、公式もそこを大切にしてくれている。
だからきっと、劇場で公開し続ける限り私は何処でも何度でも映画館に足を運ぶことになるのだろう。