シンデレラガールズ前半クールの感想記事も終わったので、同期を嵐のように駆け抜けたアニメ艦これについて少し語ってみたいと思います。
細かいツッコミは書き出すと本当にキリがないし、ネット上に腐るほど溢れているので今さら書く必要はないと思う部分は割愛します。
ただ、割愛しているだけで同じような文句はほぼ全部付けたいということは申し添えます。

最終回は生で視聴したけど、まあ笑いも消え失せたよね。
地面スレスレまで下がっていたハードルを穴を掘って潜り抜けられた。11話の展開から最終回がひょっとしたら多少マシなものが見られるかもしれないと思った自分が馬鹿だった。
実直な感想をそのまま述べるとこんなところです。

まずア艦これがどうしてこうなってしまったかについて、やれ監督が悪いプロデューサーが悪い脚本が悪いシリーズ構成が悪いだの色々話が出ますが、個人に絞って攻撃してもハッキリ言って無駄です。
アニメスタッフみんなが悪い。王道の答えですね。正解としては半分でしょうか。
私はなんもかんも角川が悪いと思ってます。

艦これ関連の権利問題と艦これアニメが生まれた意味 (togetter)

昔から角川は焼畑農業で悪名高い会社でしたから、結局のところ『いつもの角川』に落ち着くのではないかなと。
艦これ自体は角川(角川ゲームス)の後ろ盾あってこそ始まったコンテンツなので、もはやこうなることは定めの軛だったと言わざるを得ません。やっぱり定めの軛には勝てなかったよ・・・。
角川、角川ゲームス、DMMが引っ張り合う版権の歪な狭間、そんな泥沼で作り出されたのがア艦これでした。
何としてもキャラクターの使い回し絵が乗っかったクリアファイルを売りたい角川は、アニメを作る必要がありました。
なにせ原作のゲームと来たらキャラクターデザインがたっくさんいる。キャラクターの人気もバラバラ。しかも複数のデザイナーにいちいち描かせるのは手間だしDMMが煩い。
角川は自分たちが自由にグッズに貼っ付けられる統一された艦これの絵が欲しかった。
それこそがアニメ化の実情ではないでしょうか。
逆に言えば、アニメ化さえすれば内容なんかどうでもよかったんです。
いや、もしかしたら、どうせ艦娘が喋って動くだけで売れると最初から見込んでいたのかもしれませんね・・・結局、合算2万も売れましたし・・・。

閑話休題。
ネット上の評判と売上が乖離した例と言えばガン種が伝説級の存在ですが、購買のメイン層になったと思われる腐女子の方々は、おそらく内容に不満を抱いていないでしょう。
しかし艦これの場合、本スレすらまるでアンチスレのような荒れ模様、購買のメイン層となるはずのプレイヤー組からの不満が非常に多いと思います。
それなのにこれだけ円盤が売れたとなると「アニメのBD・DVDを買う人種」と艦これのコンテンツ自体を楽しむファン層が合致したのでしょうか?
円盤は学生には高価なイメージがありますが、「人は自分がお金を出せる中で最もハイエンドなコンテンツの体験に傾倒する傾向がある」という調査結果もありますし、買っても見る暇がない社会人よりバイトができる高校生・大学生あたりが一番アニメの円盤を買う年齢層なのかもしれません。
『売れる』アニメに若者向けの作品が多いことから考えても、あながち見当違いでもないでしょう。

さて、話を戻して。
音頭を取るはずの角川はアニメの内容に無関心でとにかく売れるうちに早く作れというスタンス、その上DMMと連携が取れないのではアニメの内容など作り込むのは不可能でしょう。
しかも(だからこそ?)早い安い質が悪いの制作体制を組むことになりました。
前期はラノベアニメ四天王などと不名誉な称号を戴いたアニメがありましたが、ア艦これも例によって凡百のラノベアニメのような作りになっていたと思います。
全体に退屈感を漂わせ、挑戦的な演出もシナリオもなく、点々と連続性のないちょっとした見せ場だけが存在する、既視感たっぷりの展開。
ア艦これの不幸は、ラノベと違って指針とするべきシナリオがなかったこと、ビッグタイトル故に多数の人間が最後まで見てしまったことでしょう。
ラノベであれば、作家と編集が創りだした原作シナリオがある。最悪それをなぞればシナリオそのものへの物言いは低減できます。
(たまに原作があっても超改変して大爆発することもありますけどね。ムシウタとか。あれも角川や・・・!!)
ただのラノベアニメであれば、大多数が3話くらいで切ってその後どうなろうが気にすることなく過ごすこともできたでしょう。だが艦これという名前がそれを許さなかった。
(ゼノグラシアも本放送を最後までこの目で見たよ・・・)
クソゲーオブザイヤーでは「有名タイトルでクソゲーを出すことによって大勢の人間を苦しめる」という評価点(※褒めてません)がありますが、艦これはまさにそのクソアニメ版に該当するでしょう。
その結果が、今現在のア艦これの評価です。

ようやく製作から制作の話に入ります。
まるで一貫性が感じられないシナリオですが、実は繋ぎ合わせるとシナリオとしての目的はちゃんとあったのではないかという考察がなされています。

アニメ艦これは本当にクソだったのか 如月轟沈から始まった定めの軛から検証 (さざなみ壊変)

実は私もこの意見に賛成です。矛盾点は多いですが、これこそが監督あるいはプロデューサーの描きたかったメインストーリーなのでしょう。(せめてプロの仕事としてそうであったと信じたい)
田中プロデューサーに関してはこう、色々と、ネットでは散々な悪評ですが、個人的には艦これという世界観の核を持ってる人なので結構評価してます。EDの歌詞がどうとか、吹雪贔屓がどうとか、確定していない事項に対して憶測で批判するのは間違ってます。
ですが、ア艦これの脚本は0点です。
何故ならそのメインストーリーが本編中の情報だけで理解できるように描かれてないからです。
アニメはアニメ内で描写されたことが全てで、後から外部でいくら推測してもそれは推測であってアニメ内では存在しません。
私はアニメの感想を書くときは、必ずアニメ内で明らかに描写された(あるいは間違いなくそうと確信できる)内容についてだけ触れるようにしています。文脈上どうしても推測が交じる場合は必ず仮定や疑問形の表現を使います。
つまり、やりたかったことは分かるがやる気あんのかボケ、という感じです。

いや、やる気など最初からなかったのでしょう。世界観や設定を説明する気が徹頭徹尾なかったのもその証左です。
艦これの世界を深めて作品全体を盛り上げようという意図の元作られたものではなく、単に艦これという名前のアニメーションが動けば良かったんですから。

結局脚本の方向性も最後まで統一されていませんでした。脚本がリレー小説のようだと評されていましたがまさにその通りだと思います。
特に轟沈の扱いについては、轟沈の可能性が明言されてしまった以上「ギャグで大破する」「ギャグで遠征に出る」ようなことは絶対にしてはならないという当たり前の制限も作れていませんでした。
残念ながら、そんなことをすればファンがどう感じるか、という基本的な問いさえ制作陣は持たなかったのです。

ア艦これは作画だけはいい、という評価にも疑問があります。
確かに明確に作画班が疲れているなと感じるシーンはほぼありませんでした。(最終話で地方納品が間に合わなかったとは言え)
しかし、そもそもキャラが少ない、動きが少ない、構図が単純、艦娘以外の美術デザインが押し並べて簡単、動かすのが大変な艤装が写る画はほぼ全部CG、のような省力化を突き詰めた結果保たれる作画水準を『良い』とは絶対に呼びたくありません。
軍艦は常に動きまわって攻撃を回避しなければならないという艦隊戦の基本が映像に反映されていないのは、監修で見落とすとは思えないので、やはり作画の省力化でオミットされてしまったのでしょうね。
一般通過重巡や戦場棒立ち会話、に代表されるように絵コンテにも問題があるのかと。
こちらは省力化というより明らかに技術かセンスかその両方が足りないとしか思えない部分もあるのですが・・・。
絵コンテに正直に描いたという意味では、一番下っ端のアニメーターは責を全うしたと言えるでしょう。

まとめると、ア艦これはこうなるべくしてこうなった、としか言い様がないということですね。
制作のスキルがそこまで不足しているとは思いませんが、情熱は決定的に不足していました。
何度も何度も打ち合わせを重ねて、作品の方向性を、世界観を、脚本を、キャラクターを、主要制作陣が一丸となって作りこんだ形跡が一切見られません。
しかし制作が必ず情熱を持ってアニメに取り組んでくれると期待するのは酷です。仮に作品のクオリティが上がり爆発的ヒットを産んだとしても、彼らのお給金が増えるわけではないのですから。
製作がゴタゴタしててアニメに本腰を入れる気がないのに、制作がやる気を出すはずもなく。

しかしア艦これは失敗作ではありません。これで予定通りのクオリティに出来上がってるんだと思います。
その結果多種多様なアニメ画艦娘のグッズが発売され、円盤の売れ行きも好調です。
ファンがどう思おうと知ったことではありません。商売的にはこれで成功なのです。
――ですが、この様なことを続けていては艦これというコンテンツ、あるいはオタク業界そのものにとって必ず悪影響を及ぼすと確信していることをここに述べて、筆を置きたいと思います。